ネットカフェ ナイトパック / 「橘伊津姫」の小説 | メクる

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ネットカフェ ナイトパック

短編小説
ホラー
オリジナル
2016年10月05日 11:11 公開
1ページ(3489文字)
完結 | しおり数 0


橘伊津姫

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終電を逃したり
家を飛び出したり
様々な事情で
人々が集まる
ネットカフェ

そこには
人々が持ち込んだ
色々なモノが
集まっているのかも
知れない……


事情があって、最近、よくネットカフェを利用する。
一昔前のネットカフェ、いわゆる「マンガ喫茶」があちこちに開店し始めた頃は、ゴミゴミ雑然として、女性が一人で利用するにはちょっと抵抗がある感じだった。
今時のネットカフェは、多彩なサービスが用意されており、最低限のプライバシーも守られ、格段に居心地が良くなっている。
24時間の営業は当たり前で、女性でもホテル代わりに気軽に利用できるようになった。
私は煙草の吸える、フラットタイプの個室を好んで利用する。
やはり足を伸ばしてゆっくりしたいし、リクライニングチェアなどでは、どうも足が浮腫んでしまうのだ。
カバンを抱え、カウンターで受付をして利用時間を伝える。
「ナイトパック8時間でお願いします」
ビジネスホテルなどに宿泊するよりも、格段に安い。
泊まるだけなら2千円以下で済む。
顔見知りになった店員さんに伝票をもらって、個室に入り、一息。
まあ、薄い壁一枚とはいえ、隣の部屋を利用している相手の顔も姿も見えないというのは、私にちょっとした安心感を与えてくれる。
完全に外界と切り離されて、人の気配さえも感じられない空間よりも、適度に閉鎖され、なおかつ誰かの気配が感じられる曖昧さがいいのだ。
キーボードを叩く音、ドリンクコーナーの機械音、スタッフのシャワールーム利用可能を伝える足音、本のページをめくる音。
ホテルなどの宿泊施設では、こうはいかない。
隣室の音がうるさいと、苦情の対象になってしまうだろうから。
でも、私にとってこれらの雑音は、妙に落ち着くものなのだ。
「自分一人ではない」
そう思える。
ホテルの部屋で夜中に目を覚ました時に感じる、あの孤独感がいたたまれない。
だから私は、ネットカフェを利用する。
店内の無数の個室で自分の時間を過ごしている利用客の中には、もしかしたら、私と同じように感じている人もいるかもしれない。
ドリンクを片手に、こんな時にしか読む事の出来ないコミックを好きなだけ選んで、自分だけの時間を過ごす。
それを考えると、嬉しくなってくる。
これから眠くなるまで、好きなだけ本を読めるのだ。
個室へ戻り、冷たいドリンクで喉を潤しながら、ビーズクッションの脇に積んだ本を読み始める。
それこそ、時間を忘れて読みふける。

ふと気がついて時刻を確認すれば、携帯電話の時計は午前2時ちょっと前を示している。
どうしよう。
翌日(厳密には今日だが)の事を考えたら、寝た方がいいに決まっている。
だが、どうも眠れそうにない。
仕方がない。
自然と眠くなるまで、起きているとしよう。
そう思いつつも、周囲のブースから聞えてくるキーボードのタイプ音を聞いているうちに、知らず睡魔が訪れたらしい。
うつらうつらしてしまった。
そのまま眠りに落ちてしまった。

目が覚めたのは、何が原因なんだろう?
個室のドアを叩かれた訳でもない。
誰かが大きな音をたてた訳でもない。
寝苦しかったのだろうか?
でも、冷房はちゃんとかかっている。
薄着の季節では、寒いくらいだ。
変な姿勢で眠ってしまったのだろうか?
そうならないために、フラットタイプの個室を頼んだのだから、それもない。
利用した人なら分かると思うが、「個室」とは言っても天井まで壁で覆われている訳ではない。
部屋の中で立ち上がれば、ちょうど視線の位置で壁は切れている。
ちょっと背伸びすれば、隣のブースを覗き込む事は可能だ。
何やら、そんな不謹慎な気配を感じたのだろうか?
仰向けに寝ていた姿勢を変えるため、寝返りを打つ。
決して広いスペースではない。
足を伸ばして横になれば、それで一杯だ。
パソコンとテレビのケーブルを引っ掛けないように、慎重に体の向きを変える。
その時に、気がついてしまった。
気配は、自分の寝ている個室の中にある。
……いや、そんなはずは……。
だって、ドアは内側からロックしてある。
壁を乗り越えたのか?
そんな事をすれば、受付にいる店員に見つかるだろう。
店内を歩いている他の利用客にだって。
じゃあ、この気配は何だ?
この……重苦しくて、厭な感じは。

閉じていた目をゆっくりと開く。
目の前にあるのは、隣室とこの部屋を隔てる薄い壁。
そこに異変は感じられない。
とすれば、異変は私の背後にあるという事になる。
意を決して、振り返る。

……だが、そこにも気になるものは何もなかった。
やはり、私の思い過ごしだったんだ。
安堵に大きく息を吐いて、私は体を起した。
自分が思いの外、神経質になっていたのだと感じて可笑しくなった。
これだけ周囲に人がいるというのに、何が不安だと言うのか。
落ち着くために、冷たいドリンクでも取りに行こう。
立ち上がろうと、床に手をつき……。

私は見てしまった。
パソコンとテレビの置いてあるテーブルの下。
わずか30センチから40センチの空間に。

子供が座っている。
青白い肌をした
どこを見ているのか判らない
虚ろな目をした
頭の大きな
子供。

あまりの事に、私は声も出せずに飛び上がった。
あり得ない。
ゴミ箱と私の荷物を詰めたカバン。
それらと同じくらいの存在感で、子供がそこにいる。
少年なのか、少女なのか、何歳くらいなのか、よく判らない。
ただ何をするでもなく、膝を抱えて子供が座っている。
そんな所に、いるはずがない。
入れるはずがないんだ。

頭が反応する前に、体が反応した。
立ち上がる瞬間、足をテーブルにぶつけて大きめの音がした。
その音に、隣の部屋から聞えていたイビキが一瞬途切れて、間もなく再開する。
スリッパをはくのももどかしく、通路に転がり出た私はドリンクコーナーへ足早に向かった。
アイスコーヒー、砂糖とミルク多め。
飲み干すと、少しだけ落ち着いたような気がした。
二杯目はホットドリンクを選択し、ことさらにゆっくりと自分のブースへ戻った。

ドアを開けて、やっぱりそこにいたら……どうする?
唾を飲み込み、取っ手に指をかける。
通路をすれ違った男性客が、不思議そうな顔をしていた。
そりゃあ、そうだろう。
そっとドアを開けて、中を覗き込む。
ビーズクッション、読みかけのコミック、カバン、ゴミ箱、パソコン、テレビ、灰皿。
見回すまでもない。
一目で判る。
先程の子供は、跡形もなく消え去っていた。
ホッと息をついて、部屋に入り込む。

だが、もう眠る気にはなれなかった。
受付前には、人があふれていた。
きっと空室待ちだろう。
今更、部屋を変えてくれと言っても無理だろう。
そう判断した私は、ひたすらに煙草とドリンクを消費し、本のページをめくる事に専念した。

その後、怪しい事など何も起こらず、私は退室の時間を迎えた。
寝不足の頭と荷物を抱えて、私は部屋を後にした。

利用しているネットカフェが入っているビルで、事件や事故が起こった話など、地元に10年以上暮らしているが聞いた事はない。
そもそも、ネットカフェ自体が数ヶ月前に同じ商店街にあるビルから移転してきたばかりだ。
ならば、建物自体に問題はないという事になる。
だとすれば、利用客の誰かが連れてきたモノを、そのまま置いて来たという事か?
とんだ「忘れ物」だ。

寝ぼけて見間違えたんだろう、と言われてしまえばそれまでかもしれない。
でも、あのリアルさは、どうしても「見間違い」で片付けられない感触を私の中に残していた。
「お忘れ物はございませんか?」
そんなスタッフの言葉に頷きながら、私はどこかに消えてしまった子供の事を伝えるかどうか迷い、結局、何も言わずに店を出た。
こんな話をされても、店側も困るだろう。
まあ、私に憑いてきているのでなければ、それでいい。
睡眠不足になる以外に、実害はなかった訳だし。
様々な事情で人が集まる場所だから、それこそ様々なモノも集まるのだろう。
私も知らず、背負っていたモノ、連れていたモノを置いて来ているのかも知れない。

後にも先にも、そんな経験をしたのはこの時だけだが、今でも月に何度かはネットカフェを利用している。
そしてそこにある「何か」を持ち帰っているのかも知れない。
今度、異様な寝苦しさを感じて夜中に目を覚ましても、決して暗がりや隙間を覗き込まない。
それだけは確かだ。

─ 了 ─

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