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軋み

短編小説
その他
BL オリジナル
2016年11月24日 03:09 公開
1ページ(3555文字)
完結 | しおり数 0

内から軋みが聞える時――。

柚木イチ

表紙提供:by 千幸
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※暗いです。ある意味ハッピーエンド? いや、アンハッピー?
※後味悪いです。
※ほんのりBLですが、ほんのり。風味程度。
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「あ……」

 冬の、身も凍える空気の中にも溶けてしまいそうな小さな声。

 真白く、四角く切り取られたような病室の中。消毒薬の独特な香りのするベッドの上で、彼は病室にぽつんと一つある窓の外に向かって指を指した。

 一体、何を見つけたのだろうか?

 気になった僕は、その指の先に目を凝らした。が、何も見えない。

 窓の外に広がるのは、寒々しい灰色の空と重たい鉛色の雲。それと、枯葉を僅かに残した細く、頼りなげな木々だった。

 今年は梅雨時期の大雨や異常気象、激しい寒暖の差に見舞われ、この病院の敷地内に植えられた木々もだいぶん駄目になったらしい。

 彼と庭を散歩している時に出会した看護師さんが、そう話していたのを、ふと思い出した。

「まさか、君。“俺もあの木みたいに……”とか言い出すんじゃないだろうね?」

「……そう言ったら、どうするんだ?」

 鳶色の彼の瞳が、僕を射抜いた。てっきり、「馬鹿なこと言うなよ」と怒られるか。はたまた、笑われるかの二択だと思っていたのに。僕を見つめる彼の瞳の鋭さは、少しも冗談を言っているようではなかった。

 寒空の下、雪でも運んできそうな凍えた風に晒される茶色くしわがれた木々と、ベッドの上に座る彼はまったく似ても似つかない。

 いや、そもそも若々しい青年の体の彼と、これから朽ちていく運命の木々を比べることからしておかしいのだ。

「君があんなふうになるはずないよ」

「それは、わかんねぇだろ」

「いいや、“無い”って断言するね」

 僕がムキになって否定すると、いつも折れるのは彼の方だった。だというのに、この一件に関しては彼は意見を譲らない。

「お前はいいよな、楽観的で」

 そう言って、彼はフイッと顔を窓の方へと向けてしまった。

 相変わらずの曇天は、見ていてもちっとも楽しくないだろうに。それでも彼がそうするのは、僕に対する当て付けに他ならなかった。

「なんだい、その言い方は。人をまるで阿呆みたいに言うなよ」

 彼がそんな態度だから、僕もついつい尖った声が出た。楽観的な物言いをするのは、彼のためでもあるのに、彼はちっとも僕の気持ちを分かってくれていない。

「幼馴染みの癖に、肝心なところで君は僕を分かっていない」

「幼馴染みだったら、お前は俺の心が分かるのか? 言いもしない気持ちを、分かれという方が傲慢だろう?」

 再び僕の方を向いた彼の瞳は、生彩を欠いていた。精悍な顔立ちはやつれ、眼孔が落ち窪んで見える。彼はこんな顔をする人間ではなかったのに、病が彼を変えてしまった。




 彼と僕は生まれた時からの幼馴染で、住んでいたところが田舎なのもあって小、中、高と同じ学び舎で過ごして来た。大学に行けば流石に離れるだろうと思っていたのだが、これがどうしたことか。二人とも同じ大学に進学することとなってしまった。もはや、ここまでくると完璧な腐れ縁である。

 初めの内は、二人別々大学から遠い場所に部屋を借り、大よそ一時間ほど満員電車に揺られ押しつ押されつ、揉みくちゃになりながら苦労して通学していたのだが。人ごみの苦手な僕が一年過ぎた辺りでそのラッシュを苦痛に思い始め、次第に講義に遅れがちになると、元々世話焼きである彼がもっと大学の近くに部屋を借りたらどうだ、と言ってきたのである。

 勿論、僕としても学業を疎かにするのは本意ではないし、そうできるのならばとっくの昔にそうしている。しかし、それが出来ていないのは、金銭的に無理があるからそうしていないのだ、と言うと。彼は「ならば、俺とシェアハウスをしよう」と話を持ちかけてきたのだった。

 そうして、僕は彼と共に都心近くの四畳半二間のアパートを借り上げ、生活拠点をそこに移した。

 そのままずるずるとそこに住み続け。気が付けば、僕等の大学生活の終わりが三日後に控えた晩の夜のことだった。




 その日は、やけに月が美しかったのを覚えている。卒業を間近に控えた僕等は、浮かれていて、大学の仲間も誘って街に呑みに出かけていた。僕は彼と違って酒はあまり強くないから、ほろ酔い程度に呑んだ帰り道。

 住み慣れたアパートに向かう路地で、突然彼が倒れたのだ。

 倒れた当初は、急性アルコール中毒を疑って急いで救急車を呼んだ僕だった。が、付き添いで共に向かった病院の彼が眠る病室で。翌日、駆けつけた彼の母から涙混じの枯れた声で訊かされたのは、僕がまったく知らない病名だった。

 確か、植物なんたら……とか言う、とにかくややこしい名前だった気がする。その病気はなんでも、ここ数年になって発見された病気で。体の内に、木の芽のようなものが出来それが少しずつ成長していき、やがて宿主を殺してしまうのだそうだ。

 宿主、というからには寄生虫かはたまたそういった植物の類なのだろうか、と僕が彼の母に同席を許された折、主治医の妙齢男に訊く。と、男は首を横に振った。

 僕には俄かには信じがたいが、彼が言うには「木の芽のようなものを摘出したとしても直ぐに別の部位に出来てしまう。寄生虫や他の可能性を疑ったが、彼を含めこの病気の発症患者の体の中にはそんなものまったく、どこにもなかった」とのことだった。

 つまりは、まったくの原因の分からない不可解な病気なのだそうだ。

 現状、治療も何もないといった男の無力感に打ちのめされたような声音。彼の母親は、静かにただただ涙を零していた。

 僕は、彼の母の涙を流す横顔を見ながら、僕だけは彼の回復を信じてやらねば、と何か決意めいたことを思っていたのを今でも覚えている。誰もが彼の回復に希望を見出せないのならば、僕だけは諦めてはだめだと、そう思ったのだ。

 三日後の卒業式は、彼たっての希望で短時間で、という条件付ではあるが、無事に出席することが出来た。が、大学卒業後。彼は、病室から滅多に出ることがなくなってしまった。それゆえに、僕はほぼ毎日彼の病室に見舞いに来ているのだ。





 今日は、彼が病気を発症してから二年と少しが過ぎた、冬も真っ只中。予報では、これから午後になるにつれて粉雪がチラつき始めるらしい。

「分かってるんだ。俺は、助からないよ。体が軋む音が、聞こえるんだ」

 そう言った彼は、再び窓の外へと視線を移してしまった。そこに明らかな拒絶を感じ、僕は悲しくなる。病気を患っていない僕では、やはり本当の彼の苦しみと恐怖を理解することは出来ないからだ。 

「それでも、君は治ると思う。信じなければ、始まらないから」

 気休めでしかない言葉を吐き続けるのは、最早僕の意地でもあった。僕が諦めた瞬間に、彼が遠くにいってしまいそうに感じていたからだ。

「……そうか」

 もう、彼は何も言わなかった。窓の外では、予報通り粉雪が風に乗ってチラつき始めている。

 静かな病室の中、僕も彼と同じようにただただ窓の外を眺めていた。





























「ねえ、304号室の患者さん、ぶつぶつ一人で喋ってたわよ」

 ふと清掃をしていた折に、閉め忘れたのであろう扉の向こう側から一人であたかも傍に誰かが居るように話す男性の姿と声を聞いてしまったふくよかな体躯の女性が、この病院の関係者であろう眩しい白の看護服に身を包む若い男性に声を掛ける。

 すると、男性は特に驚いた様子もなく答えた。

「ああ、あの方。去年、とても親しいご友人を亡くされてから、その、……精神的におかしくなってしまったみたいで。ああやって、ご友人がまるでいるかのようにお話されるんですよ。何度も説明するんですが、その度に錯乱したようになるんで手がつけられなくて……」

「……それほど、大事だったのかしらね」

「あの方の様子からすると、そうなんでしょうね」

 人目を気にしてなのか、二人の哀れみ混じりのひっそりとした声は余韻も残さずに消えてしまう。そんな噂をされているなどまったく知らない男は、今日も一人見えない友人に話しかけるのだ。















「ああ、そうだ。君に聞いてほしいことがあったんだよ。僕ね、最近夜になると、体の内側から軋む音がするんだ」

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  • エソラ 11月24日
    このつぶやきにはネタバレが含まれている可能性があります[表示]
    す、すごいです……!全身総毛立ちました……!
    こういうお話大好きです!!((>ω<。))
    (ネタバレ)
     #軋み
    詳細・返信(1)
  • 柚木イチ 11月24日
    小説「軋み」を公開しました! 暗いです。頭の中にあったものを息抜きにババッと書き上げただけです、ハイ……。  #軋み
    詳細・返信(0)

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  • エソラ 11月24日
    このつぶやきにはネタバレが含まれている可能性があります[表示]
    す、すごいです……!全身総毛立ちました……!
    こういうお話大好きです!!((>ω<。))
    (ネタバレ)
     #軋み
    詳細・返信(1)
  • 柚木イチ 11月24日
    小説「軋み」を公開しました! 暗いです。頭の中にあったものを息抜きにババッと書き上げただけです、ハイ……。  #軋み
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