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のろ

短編小説
歴史
オリジナル
2016年12月31日 09:39 公開
1ページ(2507文字)
完結 | しおり数 0


るうね

表紙提供:by neco
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「ねぇ、あなた」
 妻の声に佐三郎は、またか、と思った。
「また、飲みに行くのですか」
「ああ」
「あの、のろという人でしょう。わたし、あの人、嫌いです」
 あまり悪口を言うもんじゃない、と佐三郎は妻と視線を合わさずにたしなめた。
「あいつは、俺の幼馴染なんだぞ」
「それですよぉ」
「何がだ」
「そうやってあなたが甘やかすから、あののろという人がつけ上がるんですよぉ」
「俺がいつ、のろを甘やかした」
「だって、捨て子でしょう。あの人」
 妻の吐き捨てるような言葉に、佐三郎は心がささくれ立つのを覚えた。
「あなただけですよ。あの人に、なにくれとなく世話を焼いているのは」
「もういい。行ってくる」
「あなたのそういうところは好ましいのですけど、限度というものが」
「行ってくる」
 わずかに強い調子で言うと、妻は不満げに黙り込んだ。その髪に、一本の銀のかんざしが光っている。
 
 
「あっ、さぶちゃん」
 佐三郎の姿を認めると、のろの顔がぱあっと明るくなった。
「すまねぇ、のろ。遅くなっちまって」
 二人は連れ立って、歩き出す。
 適当に屋台で酒とつまみを買い、河原へと出た。
 この村にも居酒屋がないことはないが、孤児でまともな職につけていないのろがいると、店主が嫌がる。
 河原で、ちびりちびりと徳利を傾けていると、八月とは思えぬ涼やかな風が河原を吹き抜けていった。
「なあ、のろ」
「なんだい、さぶちゃん」
「お前、結婚はしないのか」
 唐突な佐三郎の言葉に、のろはきょとんとした顔をした。
「結婚かぁ」
「お前も、もういい歳だろ。そろそろ」
「と言っても、相手がいないしなぁ」
「なんなら俺が相手を見つけて……」
「いいよ」
 のろは、にっこりと笑って、
「俺には、さぶちゃんがいればいいよ」
 その言葉に、佐三郎は十五年前を思い出した。


 のろやぁい、のろやぁい。
 そんな風に、周りの子供たちから囃されていたのろ。いや、あれは迫害と言ってもよかった。
 両親がいない、ちょっと知恵が遅れている。
 そんなことだけで、子供はひどく残酷になれるものだ。
 そんなのろを、いつも庇ってやるのが、佐三郎の役目だった。
「のろ、お前、図体がでかいんだから、あいつらに一発かましてやれよ。でないと、いつまでも舐められっぱなしだぞ」
「できねぇよ」
 のろは、そう言って首を振った。
「殴られたら痛ぇのは、よく知っているもの」
「けどよ」
「いいんだよ」
 のろは、もう一度首を振り、
「俺には、さぶちゃんがいるもの。さぶちゃんがいればいいよ」


 佐三郎は、わずかな追憶から覚めた。
 徳利の酒が、だいぶ冷めてしまっている。
「うん、俺にはさぶちゃんがいるから」
 のろの言葉に、佐三郎は川面に目をやった。
 重い。
 そう感じている自分が、少し嫌だった。
 
 
 その翌々日のことである。
 佐三郎が仕事から帰ると、妻が騒いでいた。
「かんざしが、かんざしがないんですよぉ」
 あの、銀のかんざしである。
「あれは、おかっつぁんの形見なのに」
「心当たりはないのか」
 佐三郎の言葉に、妻ははっとした表情を見せた。
「あの人です。あの、のろという人です、きっと」
「なんだと?」
「昼頃、この家をのぞき込んでいたんですよぉ。その時、かんざしはここに置きっぱなしだったから」
「のろが、そんなことをするはずが」
 ない。
 そう言い切れず、言葉尻が消えてしまう。
 佐三郎は、ひどく息苦しさを覚えた。
「きっと、あの人ですよぉ」
「分かった。とりあえず、俺がのろに訊いてくる」
 そう言って、佐三郎は逃げるように家を飛び出した。
 

「あっ、さぶちゃん」
 村の外れの廃寺に、のろはいた。
 定宿を持たないのろは、夏はいつもこの廃寺に寝泊まりしている。
「ちょうど良かった、俺、さぶちゃんに伝えなきゃいけないことが」
「のろ」
 のろが何か言いかけるのを、佐三郎は遮った。
「その、そのよぅ……」
「さぶちゃん?」
 不思議そうな顔をするのろ。
「お前、昼間に俺の家に来たか?」
「うん、行ったよ」
「そうか……」
 佐三郎はのろの瞳を見た。
 純粋な瞳。
 純粋に、佐三郎のことを信頼しきっている瞳。
 それが。
 それが重いんだよ、のろ。
 子供の頃と全く変わらない、その瞳が。
 佐三郎は言った。
「お前、うちのやつのかんざしを知らねぇか?」
 言って、すぐ後悔した。
 表情の変化は、ほとんどなかった。
 が、佐三郎には分かった。
 いま、俺はのろをひどく傷つけた。
「す、すまねぇ、のろ」
 一歩、踏み出す佐三郎。
 それから逃げ出すように、のろは、だっと駆け去っていった。
 あとには一人、佐三郎が残された。
 
 
 自責と後悔の念で押しつぶされそうになりながら、佐三郎はとぼとぼと帰路に着く。
 ふと。
 辺りが騒がしいことに気づいた。
「刃傷沙汰だってよ!」
「賭場で、誰かが暴れたらしいぜ」
 そう言いながら、数人の村人が佐三郎を追い抜いて行った。
 予感があった。
 その予感に突き動かされるように、佐三郎は走り始めていた。
 賭場。
 外に誰かが倒れている。
 血まみれだ。
 のろだと、すぐに分かった。
「のろ! おい、のろ!」
 佐三郎は駆け寄って、のろを抱え起こした。
「さ、さぶちゃん」
 のろが血に染まった右手を差し出す。
 そこには銀のかんざしが握られていた。
「のろ、おめぇ……」
「こいつを、賭場のやくざ者が狙ってるって話を聞いたからさ。俺、伝えなきゃ、と思って」
「も、もういい、しゃべるな!」
「ごめんなぁ。俺には、さぶちゃんしかいないからさ。いくら、鬱陶しく思われても、さぶちゃんしか」
 ふっ、と。
 のろの目から光が消えた。
 佐三郎はのろを抱きしめたまま、人目もはばからず号泣した。
 そんな彼を、遠巻きに村人たちが眺めている。
 
 
 本来、無縁墓地に葬られるはずののろの遺体は、佐三郎の家の墓に埋葬された。
 反対する者は誰もいなかった。

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  • 二色燕丈 01月09日
    ツギクルからやってまいりました
    はじめまして、二色燕丈ともうします

    あちらでも書いたのですが
    二人の関係の絶妙さと、嫌みのない歴史物感が短編を引き立てていて纏まっていて好きです
    人が書かれている作品、久しぶりに読めましたーおもしろかったです!
     #のろ
    詳細・返信(2)
  • るうね 12月31日
    小説「のろ」を公開しました!

    市井人情ものの時代小説です。
    みなさま、よいお年を!
     #のろ
    詳細・返信(0)

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  • 二色燕丈 01月09日
    ツギクルからやってまいりました
    はじめまして、二色燕丈ともうします

    あちらでも書いたのですが
    二人の関係の絶妙さと、嫌みのない歴史物感が短編を引き立てていて纏まっていて好きです
    人が書かれている作品、久しぶりに読めましたーおもしろかったです!
     #のろ
    詳細・返信(2)
  • るうね 12月31日
    小説「のろ」を公開しました!

    市井人情ものの時代小説です。
    みなさま、よいお年を!
     #のろ
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