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幸せはどこにある

短編小説
恋愛
BL オリジナル
2017年01月03日 20:58 公開
1ページ(4103文字)
完結 | しおり数 0


なめくぢみみず

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幸せはどこにある。色や形はどんなものだ。
「なんか、嫌な感じがする」
私のベッドに横たわった欣行(よしゆき)が天井を眺めながら言った。私はベッドの端に座って彼の目尻の涙を眺めていた。
「どうして?」
「……分からない」
「考えてごらん」
私は言いながら、耳に入らないように彼の目尻から流れた涙を拭った。
欣行の唇は赤い。彼は泣くと唇が赤くなる。
「先生、……」
欣行は呟いた。ふと思い出したような呟きだった。
「どうした?」
私は欣行に返事をした。欣行は少し間を置いて言った。
「……先生、今日は暇だった?」
今さらの話だ。欣行がふらふらと現れてもいいようにわざと休日は予定を入れない。
「私は友達が少ないからね、いつも暇なんだ」
笑ってそう言う。欣行も少しだけ笑った。
窓から夕日が差し込んでいる。日曜日の夕方は寂しい。
「名残惜しい」
欣行はそう言った。彼は起き上がって私と同じくベッドに腰かける。帰りの支度をしている彼は手のすぐ届く位置にいた。
「泊まっていってもいいよ」
「でも、先生は明日仕事あるだろうし、俺も授業あるし」
「そうか」
「うん、だから帰るよ」
欣行は言った。支度もできたようだ。彼は荷物を持って立ち上がった。玄関まで送る。
「またおいで」
私は言った。欣行はうなずく。
「じゃあ、また」
そう言うと欣行は部屋を出た。私は閉まった扉をしばらく眺めていた。足音が遠退くのを聞いてから鍵を閉める。
欣行は私の元教え子だ。彼が中学生の頃、私は彼のクラスの英語の授業を受け持っていた。
ある雨の日のことだった。私は職員室から外を眺めていて一人の影を見つけた。その人は傘をさしていなかった。制服は濡れていて、それでも笑みを浮かべながら無邪気そうに空を見ていた。それが欣行であった。
職員室には何人かの教師がいて、私同様に欣行の行動を眺めていた。青春時代特有の妙な自己陶酔だろう。そっとしておいてあげよう。というのが教師の共通認識であった。
当時、私は自分の恋愛対象について悩んでいた。そのためか欣行の気楽さを少しだけ羨ましく思った。
それから七、八年は経っている。
私が欣行と再会したのはほんの最近のことだ。近所のコンビニで買い物をしていて声を掛けられた。
「柳先生お久しぶりです」
「ああ、久しぶり小橋」
そう挨拶すると欣行はちょっと笑った。それからこう言った。
「教師ってすごいですね。今でも昔の教え子のこと覚えているなんて」
「いや、私は忘れることの方が多いよ」
私は微笑してそう言った。
いくつか言葉を交わした。次第に欣行の言葉遣いが崩れてきた。欣行はこの日、図書館が閉じるギリギリまで勉強をしていたという。時刻は八時を回っていた。
「帰りたくないな」
欣行はポツリと言った。疲れきったような乾いた呟きだった。私はなんとなく不安になって言った。
「うちに来る?」
「あ、ごめん、なさい。そういうつもりで言った訳じゃ……」
欣行は言った。私は自分の不安を解消したかった。
「うちにおいで。小橋と少し話したい」
「あ、……うん」
欣行はうなずいた。
私達はコンビニから出て私の家に行った。
欣行は私の家で他愛のない話をした。私もただそれを聞いていた。
「芥川龍之介についての授業が忙しくて」
「どんなことをするの?」
「芥川の作品を読んでる。考察とかしなきゃいけないらしい」
「へぇ」
時々、欣行は冷めたような目をした。私にはそれが彼の屈託に繋がっているように思えた。私達の中でなんとなく言葉を繋ぐだけの会話は続いた。もどかしかったが一石を投じる手立てが私にはなかった。
ふと、会話が途切れた。欣行はやはり感情のない目をしていた。じっとこちらを眺めていた。
「大丈夫?どうした?」
私がそう言うと、欣行は口元だけは笑おうとしてそれにさえ失敗した。泣きそうな顔だった。私はその時、彼がずっと泣くのを我慢していたのだと知った。
「……先生、苦しい」
欣行は言った。彼の目から涙がこぼれた。私は聞いた。
「どうして?」
「分からない」
「そうか……」
欣行はしばらく泣いていた。私は何も言わなかった。欣行は泣き止んでから帰り支度をした。帰る時に言った。
「先生、ごめんね」
「ううん、またおいで」
私がそう言うと彼は安心したようだった。
それから、彼はしばしば私の部屋に来るようになった。欣行と私はよく他愛のない話をした。
この間の欣行に会った日曜日から五日経っていた。私は仕事で帰るのが遅くなり、部屋につくと欣行が玄関の前に立っていた。小説を読んでいる。
「欣行」
声をかけると欣行は小説をしまった。そしてこちらを見て言った。
「ごめん先生。俺、また帰るの嫌になっちゃって……」
「そうか、大分待ったろう?すまなかったね」
「いや大丈夫。本読んでたから」
私は扉の鍵を開けた。欣行を部屋に招く。
「何読んでたの?」
「課題、芥川読んでた」
「芥川か……」
欣行はベッドの端に座った。私は荷物を置いた。冷蔵庫からお茶を取り出すとコップに注いだ。それを欣行に持っていく。
「先生ありがとう」
そう言って欣行はコップを受け取った。そしてすぐに飲み干してしまった。
「喉渇いてたのか。もう一杯飲む?」
「ううん。違う」
欣行は言った。
私はスーツを脱いでシワのつかないようにハンガーに掛けた。
「先生優しいな」
欣行はこちらを見ていた。私はスウェットを履きながら言った。
「いや、不安なんだろう」
その言葉に欣行は少し止まる。それから言った。
「俺のこと心配?」
「ああ、心配だよ」
「俺、自殺とかしないよ」
欣行にとってそれはあるいは事実であるかもしれない。しかし心は変わってしまうものだから。
「そう言っておいて、欣行は一人で死ぬかもしれない。私はそれが怖い」
私の言葉に欣行は神妙な顔つきをした。図星のようだった。
「いつも、どうして苦しいんだろうって考えてる。俺がこんな風になった原因ってなんだろうって。そうして、皆を呪ってる」
「そうか……」
「だから、皆のために生きようなんてこれっぽっちも思ってないし、俺が死んだら皆後悔しろって思ってる」
「そうか……」
「でも、死ぬのは怖いよ」
欣行は泣きそうな顔をして言った。本心のようだった。
「ねぇ、先生」
欣行はコップを両手で持っていた。私はベッドの、欣行の隣に座った。コップを受け取る。
「先生はなんで優しくしてくれるの?」
欣行の声は疑いではなく希望を含んでいた。素敵な正解を私が言うことを求めていた。私には何が正解なのかわからない。きっと欣行も同じだろう。
「なんでだろうな。気になって仕方なかったからかな」
私は言った。その答えは欣行に小さな失望を与えるだろう。彼は少しだけ笑った。
「そっか」
欣行がベッドに寝ころぶ。私は彼を見下ろした。
「疲れた?」
「どうだろう……」
「休んでていいよ」
そう言うと欣行は目をつむった。
私は夕飯を作るために欣行から離れた。
欣行は翌朝になってから起きた。
「ぅ……、家帰る……」
欣行は寝ぼけながら言った。私は昨夜の残りのシチューを温めて、朝食の準備をした。
「欣行、起きられる?」
「あー……先生、おはよう」
欣行が目をこすりながら言う。私はシチューを皿に盛ってテーブルに置いた。
「眠い……」
欣行はそう言いながら洗面台の方によたよた歩いていく。私はタオルを取り出して欣行に渡した。渡したタオルをわきに挟み欣行は顔を洗う。
「ご飯はテーブルに置いてあるから」
私は欣行の背中に声をかける。欣行はタオルで顔を拭いた。それからテーブルまで戻ってくる。
「美味しそう。いただきます」
「欣行、今日はうちにいる?」
シチューを食べている欣行に聞く。欣行はうなずいた。もそもそと欣行が食べ続けているのが可愛い。
「欣行はあれだな。うさぎみたいだな」
「寂しいと死んじゃいそうな感じが?」
「いや、食べ方が」
そういうと欣行はうなずいた。なるほどと納得した様子である。
欣行がご飯を食べ終えたので二人でコンビニに必要なものを買いに行った。歯ブラシや下着などである。
「先生、家に綿棒ある?」
「切れてたかも。一応買おうか」
などと言って買い物カゴに色々と入れる。
買って部屋に戻る。
「欣行、お風呂に入りな」
そう言うと欣行は頷いた。
下着の類いを買い物袋から取り出して欣行に渡す。タオルも渡す。欣行はおとなしく風呂に入った。
幸せはどこにあるのか。欣行はきっとそれを考えている。でも、幸せは考えるほど分からなくなるものだ。
私はどうして幸せなのだろう。欣行はあんなに不幸なのに。
後ろめたい。
欣行が私に見せる姿が、私にはいとしい。その姿に惹かれる。
どうこう成りたいわけではない。ただ、傍にいたいと思う。
「先生、お風呂上がったよ」
その声に、彼がすぐ近くにいることを知った。
私は欣行の方を振り向いた。
欣行は下着しか着ていなかった。
ベッドの方に欣行が行く。
「私の服を貸そうか」
私が言う。欣行がこちらを見た。
「先生」
「ん?」
「先生」
「うん」
「先生、あの……」
欣行の顔がさっと赤くなる。
私は欣行に背を向ける。
「服、貸すよ」
「先生、あのね……」
なんなんだ。私まで顔が熱い。
適当な服を探した。見つけたそれを持って欣行の方を向く。
「……、俺は先生が好きだ」
欣行が言った。私は落ちていくような感覚を覚えた。
欣行、私は君に対して紳士でいたかったんだよ。
「先生が俺に優しくしてくれるから、……気持ちが止まらなくて……」
どうこう成りたいわけではないなんて嘘だ。
「俺、こんなだし、男だし、面倒くさいだろうと思うけど」
ただ、私は壊したくなかったんだ。
「先生が……、」
服を放って欣行を抱き締める。欣行の言葉が止まる。私は欣行に言った。
「恥ずかしいからもう静かにして。……先生も同じ気持ちだよ」
幸せはどこにある。色や形はどんなものだ。
私の幸せは腕の中で微笑んでいる。

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