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今夜、神様に嫁入りをしました

短編小説
ファンタジー
BL オリジナル
2017年05月18日 00:38 公開
1ページ(9375文字)
完結 | しおり数 1


空原きいち

表紙提供:by neco
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信仰が薄まりいじけた神様と、そんな神様に嫁入りを約束してしまった少年楓のお話です
パッと始まりパッと終わります
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尾崎(おざき)家は代々、村の守り神に仕える一族だ。
大昔、飢饉に苦しみ多くの犠牲を払った所を、その神は救ってくれた。以来、村はその神を崇め奉り続けた。何度か雨の降らない年もあったが、村は死者を出すこともなく乗り切ったという。
それもこれも守り神の恩恵であり、そんな神に仕えることを尾崎家は誇りに思っていた。
だがそれも時と共に変わり、インフラも整い科学が全てを証明する頃には神はただの信仰の対象であり、存在は遠く、傾倒する程のものではなくなっていた。村も老人が何人か手を合わせに行くだけとなり、年に二回行われる小さな祭りは賑やかになるがその時だけだ。
尾崎家に生まれた楓もそうだった。他の村の子よりかは神社に近く親しみもあるが、先祖を助けてくれ村を守ってくれたと教えられても遠い昔話は現実味がなく、他のおとぎ話と同じでしかなかった。
だから、父から「神様に嫁入りをしてもらいたい」といわれても「いよいよぼけたか」と返し拳骨を喰らった。

「お前は昔から人の話を聞かない子供だったが、自分のした約束すら忘れるとは!これではご先祖様に笑われてしまうぞ!」

「いってぇ!だって、親父、自分の息子の性別すら忘れたのかよ!俺は男だ!しかも神に嫁入りって何だよ!」

「お前が約束をして来てしまったのだろう!」

「してねぇし!!」

「したわ!!あの時程、血の気が下がったこともないぞ!!親父……爺さんが泡吹いて倒れたことも忘れているんだろうな!!」

「はぁ!?」

「お前が五才の夏祭りで、神様に「かえで、およめになってあげるってやくそくしたのぉ」っと嬉しそうに帰って来て、爺さんが緊急搬送されたんだぞ」

「え、今の俺の真似?気色悪い」

もう一発、父から喰らった拳骨に頭を抱えて声にならない悲鳴を上げる。
父曰く、五才の夏祭りで、楓は一時行方不明になったそうで村の男総出で捜索をしたそうだ。警察も呼ばれて大騒ぎとなったが、楓本人は怪我一つなく山から下りて来て、驚く大人達にそれはそれは嬉しそうに笑って「かえで、かみさまにおよめになってあげるってやくそくしたよ!」といったとか。
それに泡を吹いて倒れた祖父が病院に担ぎ込まれ、警察は不審者に拐われ悪戯をされたのではないかと警戒し、村は暫く騒がしかったそうだ。
その時の記憶が全くない楓は、腕を組み唸る。

「ていうか俺、不審者に悪戯されたの」

「全くそんな痕跡もないし、そもそもお前が出て来た山は西の山だからな」

「西の山って入って直ぐに崖があるし人が入れない?」

「そんな所から怪我一つなく下りて来られたんだ。不審者に連れて行かれたとは考えられないだろう」

首を捻った楓に、父は呆れた顔を浮かべる。

「楓、お前は本当に人の話を聞かないし、境内の掃除も何もかもさぼって遊び回っていたが、神様と交わした約束は破ってはいけないと爺さんも父さんも教えて来ただろう」

「まぁ」

「自分で交わした約束だ。きちんとお勤めを果たして来なさい」

「いや、待って。だって神様でしょう?どう嫁げっていうんだよ」

不審者が神を名乗り、幼かった楓に悪戯をしたのではないか?危険な西の森から怪我もせずに下りて来たといって、たまたまだったかもしれない。

「まさか、死ねっていうの?」

「馬鹿か。親の前で簡単にそんなことをいうんじゃない。俺にもさっぱり分からんが、爺さんは準備をして境内に置いておけば良いといっていたな」

「は!?」

「何。子供の戯れと無視をされるかもしれない」

「え、一晩中、境内にいろって!?」

山の麓に建ち、外灯もなく、人里離れた神社は虫だっている。しかも夏の今の季節、蚊が飛んでいるだろう。
これは質の悪いお仕置きではないだろうか?目を剥いた楓に、父は「さっさと支度をしろ」と理不尽に命じて部屋から出て行ってしまった。
そもそも、楓は神に嫁ぐというのも納得をしていないし、どうやれば良いのか手段も何も知らない。それは父も同じで、生前、祖父がいっていた『準備して境内に置いておけば良い』というアバウトでいい加減過ぎる指示通りに動けというのだ。
非現実的で科学で証明も出来ない存在に嫁げとは。しかも一晩、人気のない場所にいろというのだ。幾ら田舎でも危険だとは思わないのか。
いいたいことは五万とあり、それは本当に境内に置き去りにされてからどんどんと増えて行く。何よりも一番、気に食わないのが。

「なんっで白無垢なんだよ!!」

思わず声を荒らげた楓は、持たされた扇を地面に叩きつけた。
父が出て行って直ぐに母や近所のおばさん達が笑いながら入って来て、この日の為に準備したのといいながら着付けられたのは花嫁さんの着る真っ白の着物だった。ご丁寧に白無垢と合わせた赤い縁どりの綿帽子まで。
神様に約束したのと子供の言葉だけを信じるとは、我が親ながら正気を疑ってしまう。
レプリカだが持たされた懐剣を引き抜き、鞘から出す。月光を浴びて一瞬、煌めいたそれを社に向ける。父が見たらまた拳骨を落とすだろう。

「おい神様とやら!お前、俺が嫁ぐとか約束したらしいけど、子供の戯れ言だって分かってるんだろうな!」

何と滑稽な光景だろう。白無垢を纏った男が懐剣を社に向けて怒鳴っているのだ。
だが楓の口は止まらなかった。

「そもそも俺、男なんだけど!?何で白無垢着て居もしない神様に嫁がなくちゃいけないんだよ!そこは神様が『子供の戯言だし良い良い』とかいって聞き流すだろう!!あ!?」

「別に欲しいなんていってない」

「だったらそういえよ!」

「いっても聞いてくれないし」

「もっと主張をすれば良いだろうが!!」

「そもそも、僕、神様じゃないし」

「はぁ?!何い……誰!?」

傍らからぼそぼそと聞こえる声にやっと気が付いた楓は、猫のように飛び上がり振り返る。刹那。自分に向けられる無数の矛先に息を飲んだ。
月光の下、狭い境内の中を楓を囲むように狐面に鎧を着けた男達が槍を持って立っていた。

「え、コスプレ……?」

村の男達がドッキリを仕掛けているのだろうか。
その方が納得出来る。急に父から告げられた神への嫁入りもそうだ。ドッキリなのだろうか。
だが、楓の視線は男達の向こうに立つ猫背の男に辿り着くと逸らせなくなった。
黒くボサボサの髪に杜若色の狩衣。その頭には三角の耳と尻には狐のような太い尻尾が生え、額には角が二本あった。
異様な姿にしかし、警戒よりも脳裏にある光景が蘇った。
暗い森。遠くに聞こえるお囃子。月光が木の葉の合間を潜り抜けて照らす森はそれでも暗い。
その中で、ひとり、ぽつんと膝を抱えて座る男に、楓はポケットから一枚のカードを差し出した。きらきらと虹色に輝くそれは、当時、楓がはまっていた日曜の特撮ドラマの主人公だ。

『かみさまにあげる!』

『何これ』

『あのね、ぐじゃらまんはとってもつよいんだよ!』

『ぐ?え?何ていったの?』

『かみさまがかえでがおよめさんにくるまで、まもってくれるんだよ!』

『……本気で嫁ぎに来るの?』

『だって、かみさま、ひとりぼっちでさみしいでしょう?かえでがおよめさんになって、ずっといっしょにいてあげるの!おかあさんが、おくさんはだんなさんのそばにいるんだっておしえてくれたの!』

『……そう。でも、いらないよ。人間と関わりたくない』

『やくそくね!』

『聞いてないね、君』

顔を覆った楓は、呻いた後に「まじかよ」と小さな声を漏らした。

「え、待って、まじで神様いたの」

「だから、神様じゃないよ」

「はぁ?でも、年食ってないじゃん」

「人間に必要とされていないのに、神様なんて名乗るのは烏滸がましいだろう」

「神様じゃん!」

思わず顔を上げた楓は、周りを囲む狐面の男達を見回す。

「じゃあ、これ、ドッキリ?ドッキリで何で小さい頃の何か怪しい格好の人と話した記憶が蘇るんだよ!つうか、こいつら誰!?」

「お前が刀なんて持ってるから」

そういわれて、慌てて懐剣を仕舞う。と、それを合図に男達が矛先を収めた。
楓よりも背が高い男達の鎧は随分と古い時代の物だし、こんな田舎ではまず見かけない。どこで調達したのか。

「……あの、えっと、名義上は神様?」

「何」

「本当に神様で、俺、嫁ぐ約束をしちゃったんですよね」

「そうだよ。でもいらないから帰って」

「あ、はい。分かりました」

これは夢だ。考えることが苦手な楓はそう結論づけると、急いで男達の傍らを抜けようとしてーー交差した槍に阻まれた。

「え、何で!?神様が帰ってっていってんじゃん!!」

「なりませんぞ神様ぁ!!」

新たな声にそちらを見れば、神様の隣にしわくちゃな顔の老人が立っていた。その背丈は小さく、童子のようだ。だが頭髪は真っ白で皺だらけの顔に剥かれた目は赤く、肌は茶色かった。

「人間からの供物ですぞ!百年振りの供物を返すとはそれでも神様ですか!!」

「いらないし、そんなに欲しいならジジイが貰えば良いだろう」

「じじいとていりませんが神の矜持として返してはらなんといっているのです!!」

「いらない。帰って」

「なりません!!」

帰りたい。夢だったと結論をつけたのだから、こんな重っ苦しい着物を脱いで、化粧と落として、布団に入って眠りたいのだ。
だというのに、男達は通してくれる気はなく、この場で一番、偉い筈の神様の言葉は無視をされ、人に見えない老人がぎゃんぎゃんと騒いでいる。
楓は耳を塞ぐと蹲り「これは夢だ夢だ」と唱え始めた。
夢なのだからさっさと目覚めて、父に「何もなかったじゃないかクソ親父!」と怒鳴って喧嘩をしないといけないのだ。
蘇った記憶も夢のひとつで片付けて。
そうじゃないと、これを現実と受け入れたら自分が今まで信じて来た物が壊れてしまいそうだ。
神はいない。ただ信仰の対象で、形になって現れる筈はないのだ。自分は不審者に虚言を吹き込まれ、大人達はそれに振り回されただけだ。
不意に気配が動き、視界の中に銀鼠色の袴が入る。
顔を上げると、傍らに膝をつく神様がいた。その量が多く長い重そうな前髪の下に隠れていた銀灰色の瞳が真っ直ぐに楓を見ていて、端正な顔が冷たたさえ感じさせる。
見つめていると、薄い唇が動いた。

「幼子とはいえ、覚悟のないことをいってはいけないよ」

「……」

「ぐらたんせいじんの札は返してあげる。もういらないから」

「グジャラマンです」

懐から出て来たカードは色褪せているが、大事にされていたのか傷ひとつない。
受け取った楓は、下唇を噛み締めた。紅の独特な味が口内に広がる。

「そんな格好までして本当に嫁ぎに来るとは思わなかった」

「……親父……父が、神様との約束を違えてはいけないって……いわれるまで嫁ぐとか知らなくて……」

「だろうね。直ぐに記憶から消えるよう呪いをかけていたから」

「え」

「でも、お前の親や村人は覚えていたのか。不覚」

本当に悔しそうに呟いた神様は、楓の手を取って立ち上がった。
されるがまま立ち上がった楓は神様を見上げる。自分より頭ひとつ背の高い神様は人とも獣とも鬼ともいえない形をしている。瞬きをして、楓は首を傾げた。

「これは夢だから、神様の形は俺がイメージした姿なんだ」

「……うん、そういうことにしておいてあげる。さっさと帰りな」

「神様をどうしてそんな姿でイメージしているんだろう」

「知らないし、覚えていなくて良いよ。今度こそきちんと記憶から消してあげるから、お前は人間の幸せを手に入れな」

冷たい手が額に触れる。その指先が温もりを持ち、額を中心に頭の中に広がろうとする。まさにその時だった。
空気が重く、冷たい物に変わった。
それを感じた楓は、額から離れた手と槍を構える男達に再び瞬きをした。
神様は楓ではなく他所を見ていて、その先を追った楓は、鳥居の所に立つ人を見た。
人里離れた場所に建つ神社に近付く者など限られている。しかも今の時間は夜遅く、村の大人達ですら来ない。新聞配達のおじさんだってまだ寝ているし、こんな場所まで寄る理由もないだろう。
それに、月光に照らされて確認出来る姿は夏だというのにトレンチコートを着ていて、ハットで顔を隠している。
変質者か?眉を顰めた楓は、いいようのない不快感に無意識に神様の手を強く握り締めていた。

「神様、奴は」

老人が側に寄って来る。その老人から苺の甘い匂いがしたことに気を取られた楓は、犬の吠え声に鳥居へ視線を戻しーー目前に口を大きく開けて迫る犬が迫って来たことに目を見開いた。
何故?何時の間に?理解するより先に犬が喉を噛みちぎる姿を想像してしまう。
だがそれが現実になることはなく、楓を庇うように神様が腕を差し込み代わりに噛み付かれた。

「っぐ!」

「神様!!」

老人が叫び、男達が槍で犬を突き刺そうとする。が、犬は煙となり消えると、鳥居の側に立ったままの男の傍らに現れた。
おかしい。これは夢か?
唖然とする楓は、腕を押さえて苦痛の声を漏らす神様に後退ってしまう。
男達は警戒を続け、神様を守るように囲む。

「……ぁ、ひっ」

喉が引き攣り悲鳴が漏れる。
鳥居の側の男の周りには大きな犬が何頭も現れ、煙を纏う。牙を剥き、涎を垂らしながらこちらに近付く犬達に怯え、楓はまた一歩、後退る。その時、裾を踏んで派手に尻餅をついた。それを合図に、吠えた犬がこちらに迫る。
男達は神様だけを守るように身を固めていた。が、その傍らを抜け、犬が迫るのは尻餅をついて動けない楓だった。
何頭も大きな犬が牙を剥いて楓に襲いかかる。
悲鳴を上げ頭を抱えた楓は、山から吹き下ろす冷たく肌を刺す風に身を小さくした。
風は刃となり犬に襲いかかる。実体のない犬は煙となり掻き消された。

「……その子に手を出すな」

低く冷たい声。神様が緩慢に足を踏み出し、血を滴らせながら狐面の男達を押し分けて楓に近付いて来た。
恐怖に震える楓は涙を流しながらそれを見つめる。
銀灰色の瞳は爛々と光を放ち、楓の傍らまで来ると震える体を抱えた。抵抗して暴れれば腕の力が強くなる。白い着物に赤い染みが生まれた。
神様が楓を抱えたまま鳥居の男を睨む。
身を引くして唸る犬を従えた男は肩を揺らしていて。

「多くの神を食らって来たが飽いて来た所だ。楽しませてもらおうか、御鎖鬼(おさき)の神よ」

再び風が吹き下ろす。風の刃に切り刻まれ、男は犬共々姿を消した。
残された楓は大きく震えながら身を固くする。神様が辛そうに息を吐き、膝から崩れ落ちた。老人が「神様!」と悲鳴を上げる。
神様は楓を投げ出すことはなく、地面に接触しないよう大事に抱えてくれていた。
楓は恐る恐ると石畳に足を付き、自分から神様の腕を下りる。

「ああ、だからいらないっていったんだ」

「か、神様?」

老人がしわくちゃな襷を引っ張り出して神様の腕を縛る。

「どうするんだジジイ。厄介な者に目を付けられてしまったよ。しかもこの子を狙うじゃないか」

「ですから返さず貰えば良いのです」

「はぁ」

「あ、あの、今の……俺の夢?」

「まぁだいうか小童!夢などではない!!」

老人に怒鳴られ首を竦めると、神様が小さく叱責をする。
それから、大層困ったような顔で楓を見た。

「あれは人ではないよ。お前にとってはこれが夢であれば良いだろうし、そうしてあげたいけれど、そうもいえなくなってしまったんだ」

「……」

「この世にはお前には理解が出来なくて、信じられないことは沢山、あるんだ。ああ、これならあの時にお前に会わなければ良かった」

「え、あの、えっと、夢ではないの」

「現実だよ」

「……」

「夢にしてあげたいしその方が楽だよ。僕もお前と縁を切りたいし。……今の奴は神殺しだよ。神を殺すんだ。目的は知らないけれど。そいつにお前は狙われるんだ」

「どうして」

「僕を甚振って殺すんだろう」

「それに俺を利用するの?」

「だろうね。このまま返したら、お前は死ぬし、お前の家族にも被害が及ぶだろう」

「――!そんな、どうしたら」

「……仕方がない。本当は避けたいことだけど、お前を匿うしかないね」

「匿う?」

「神域に連れて行くということだ。安心して、全て片付いたら返してあげるし、家族だけじゃなく村も守るから」

楓は震える手を握り締める。
これが夢であってほしいと願うのに、感じるもの全てが現実味があり、そして神様が否定をしてしまった。――折角、夢ということで終わらせようとしてくれたのに。
目の前にいるのは自分の家が祀るこの村の守り神で、その神に嫁入りを約束してしまった。
それだけでも信じられないのに、訳の分からない男に命を狙われることになるという。そのせいで家族が危険に巻き込まれるとも。
憎まれ口を叩いても、楓は父も母も好きだし、危険な目に遭って欲しくない。
ならば、取るべき手段は決まっていた。
握り締める手に力を込め、楓は石畳を睨み付ける。

「……っ、お願い、します……俺を、家族を助けて……」

神様だって狙われている。信仰もせず、神の存在を疑って直ぐの口で何をいうかと笑われるだろう。
それでも、神様に頼るしか今の楓には方法がないのだ。
暫く無言だった神様が嘆息する。

「良いよ、守ってあげよう。一応、僕の妻になる子供の願いだしね」

「――っ」

「大丈夫、僕に任せて」

優しい声色に顔を上げる。
血を流し顔色が悪いのに、神様は端正な顔に微かな笑みを浮かべていた。





*******


『おにいちゃん、かいじんまじゅれいだー?』

舌っ足らずな声が唱えた言葉は呪文だろうか。
木々に埋もれるように座っていた神は緩慢に顔を上げる。
神は優しく、人が大好きだった。飢饉で苦しみ、多くの犠牲を出した村人が気の毒で、胸が痛くて、持てる力で助けた。そうしたら人は喜び、神を守り神と祀ってくれた。子供が、老人が笑いながら歩いている。身篭った女と嬉しそうな顔で詣でに来てくれた夫婦に、神も嬉しくて祝福をした。
神といえどそんなに大きな力を持っていないから村だけを守るのに精一杯だったけれど、信仰が力となった。
時が流れ、その信仰が段々と薄れていき、気が付いたら片手で数える程しか詣でに来なくなっていた。それでも人が好きで、村を守っていた。
……だが、疲れてしまったのだ。
一日中、誰も来ない日だってある。自分に仕えてくれるという家の子孫だって、他に仕事をしたり用事があったりで、境内の掃除もおざなりになることがあった。
年に二度ある祭りの日だけは人が多く集まるが、その年はそれを見るのも嫌で、社から離れた森の中で蹲っていた。
遠くに聞こえる笑い声、祭囃子。普段は耳にしない賑やかな音に、膝を抱えて目を閉じる。
何も嬉しくない。寧ろ早く終わって欲しい。神域に潜んでいれば良いけれど、ジジイと呼んでいる老人がそれを許してくれない。自分は神なのに。
ああ。早く終わらないかな……。
そう思っていた時だ。

「おにいちゃん、かいじんまじゅれいだー?」

舌っ足らずな口が唱えた呪文に驚いて顔を上げれば、そこには狐のお面を頭にかけた尾崎家の子供が立っていた。
どうして気が付かなかったのか。境内で祖父に纏わり付いて転がっている童は、きらきらとした目で神を見つめる。紅葉のような手が伸びて来て額に生える角に触れた。指が触れ握り締められて肩が跳ねる。

「っ、何!?」

「かいじんまじゅれいだーだぁ!」

「何それ、違うよ、僕は神だよ」

「かみさま?」

「……そうだよ。どうしてこんな所まで来たの?早く戻らないと、皆が心配するよ」

「んー?こっちおいでっていわれたの」

「誰に」

「わからない」

辺りの気配を探るが、子供に悪戯をしようとしている輩らしきものは見付からない。
恐らく悪戯好きな妖精にからかわれたのだろう。嘆息した神は、童の手を引き離すと後ろを指さした。

「このまま真っ直ぐ進みな。直ぐに境内に戻れるよ」

「かみさまはひとりぼっちなの?」

「だから何?」

「じゃあ、かえでがかみさまのおよめさんになるね!」

「は!?」

何を突飛なことをいうのか。
目を見張った神に、子供はお嫁さんは旦那さんの側にいるのだと自慢げに語る。

「かえでがいるからひとりぼっちじゃないね!」

「別に、嫁とかいらないし、そういうのは簡単に口にしてはいけない」

「あ、でもね、かえでね、らいねんからしょうがっこうにいくの」

「そう。そんなに大きくなったんだね」

「だからね、ずっといっしょにいられないね。そうだ!かえでがおよめさんになるまで、これあげる!」

そういってポケットから取り出されたのは虹色に光る札だった。全身が赤い人間がポーズを取っている。

「かみさまにあげる!」

「何これ」

「あのね、ぐじゃらまんはとってもつよいんだよ!」

「ぐ?え?何ていったの?」

「かみさまがかえでがおよめさんにくるまで、まもってくれるんだよ!」

「……本気で嫁ぎに来るの?」

「だって、かみさま、ひとりぼっちでさみしいでしょう?かえでがおよめさんになって、ずっといっしょにいてあげるの!おかあさんが、おくさんはだんなさんのそばにいるんだっておしえてくれたの!」

「……そう。でも、いらないよ。人間と関わりたくない」

「やくそくね!」

「聞いてないね、君」

ああ、でもどうしてかとても泣きたくなった。
この童が自分に嫁ぎに来ないよう寝たら忘れる呪いをかけ、麓に返した。その小さな背中が大人達に駆け寄って行くのを見守りながら、神は貰った札を大事に胸に抱き締め、下唇を噛み締める。
もう必要とされていない自分は神と名乗るのも烏滸がましいが、童の浅慮な戯れ言だとしても何と嬉しく胸を温めてくれたのだろう。
四季世が巡り、段々と成長して行く童を見守りながら、神はあの夜の一瞬の逢瀬を大事な思い出にしたのだ。
まさか、本当に嫁ぎに来るとは思わなかった。
神殺しに襲われ、震え、涙を流したせいで化粧が崩れた童は、男なのに白無垢姿という滑稽な姿をしている。
無事に成長し、神の存在を信じず、懐刀を社に突きつけた威勢の良さはどこに消えてしまったのだろう。
掻き立てられる庇護欲のまま、嫁ぎに来てしまった少年を抱き寄せる。
身を固くし警戒をする体を抱き締めたまま、神は石畳を見据えた。
――この子は守らなくてはならない。
祭囃子の聞こえる夜の森の中、温もりをくれた人間の子供を失いたくない。そう思ったのだ。

「大丈夫、今度は僕がお前を守るから」

震える声が自分を呼ぶ。
それに目を閉じた神は、背中に添えた手に力を込めたのだった。






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