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6月の蝉

短編小説
その他
オリジナル
2017年06月27日 17:00 公開
1ページ(5230文字)
完結 | しおり数 0


おねこいる。

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「あー
 いい匂い」

 それは、温かいホットミルクの匂いに釣られて幼馴染の萌が静かに言った言葉だった。
 その場にいたみんなが驚いた。
 なぜなら萌はもう目を覚まさないと思ったからだ。
 そんな私たちの不安なんてお構いなしにいつものマイペースでこう言葉を続けた。

「私、いちごみるくが飲みたい。
 冷たいやつ」

 人が死が近づくと暑く感じることもある。
 今は6月が終わろうとしている。
 萌の希望により空調は18℃。
 その場にいたみんなは、上着を着ていた。
 萌の夫である太郎。
 萌の息子の瓜くんと娘の桃ちゃん。
 私の妹の千春。
 精神科医の彼方さん。
 そして、私。

 夏が近いのに少し肌寒い。
 そんな日だった。

 萌は、薄手のパジャマを一枚着ているだけ。
 なのにおえは気持ちよさそうに笑っていた。

 千春が、自動販売機でいちごみるくを買ってきた。
 そして私たちは、ティーパーティーならずミルクパーティーを始めた。

 小さな小さなミルクパーティーを。



 それは、ほんの少し前。
 桜が咲き始めたころの出来事だった。
 私と彼方さんは、久しぶりに休憩時間が重なったため。
 久しく会いに行っていない幼馴染である萌に会うために喫茶店へと向かった。
 今思えば、久しぶりと久しぶりが重なった運命だったのだろう。

 萌と太郎はは喫茶店をやっている。
 萌が作る料理は美味しく太郎が作るコーヒーは最高に美味しかった。

 萌が料理をしながら胸を気にしているようだった。
 私は気になったので尋ねてみた。

「胸どうかしたの?」

 それを聞いた萌は苦笑いで言葉を返した。

「なんか胸の付け根にしこりができちゃって……」

 私はこのとき嫌な予感がした。

「少し触ってもいい?」

 私がそう尋ねると萌は静かに頷いた。

「うん」

 私は、萌の胸のしこりの部分を触った。
 そこには小石のような硬いものがあった。

「なにかわかった?」

 萌が心配そうな声でそう尋ねた。
 私は医者だ。
 でも……

「詳細はなんとも言えない。
 少し早めに病院で精密検査をしたほうがいいよ?」

 私はそういうことしか言えなかった。

「じゃ、時間があるときに行くー」

 萌は苦笑いを浮かべそう言った。

 しかし、萌が病院に来たのはそれから一ヶ月が過ぎようとしたころ。
 そして、そのときの萌の検査結果は最悪だった。

 結果は、乳がん。

 しかも長期に渡り放置していたのと若さからがんの進行はかなり悪化していた。

 余命が僅かなことは、萌の夫の太郎と萌の両親に伝えた。
 萌の担当は私がすることになった。

 そして、入院当日。

「ベッドふわふわー」

 萌は、今年で26歳。
 まるで子どものようにベッドの上できゃっきゃとはしゃいでいる。

「銘ちゃん!」

 萌が不意に私の名前を呼ぶ。

「何どうしたの?」

 私の心配を他所に萌えは楽しそうに言う。

「病院のベッド気持ちいいね!」

 萌はそんなことを言いながら枕に顔を埋める。
 すると私の双子の妹である千春が掛け布団を持ってきた。

「もう、いくつになっても子どもなんだから」

 私と千春はそう言ってクスクスと笑い病室を出た。
 病室には萌と太郎のみが残っている。
 すると病室からすすり泣く声が聞こえた。
 私はすぐに病室に戻り「大丈夫」と言って抱きしめてあげたかった。
 でも、萌が抱きしめてほしいのは私じゃない。

 萌はこのあとすぐに手術が待っている。

 太郎が病室の中でぎゅっと萌を抱きしめているのであろう。

「太郎くん。
 私、怖いよ」

 萌の声が聞える。
 それはきっと心の底から信頼できる人に見せることができる弱さだと思う。

「絶対手術成功させてね」

 千春が真剣な目でそう言った。

「全力で頑張る」

 私がそういうとスカートを弱々しく引っ張る何かを感じた。

 私は、目線をその子たちにあわせた。
 萌の子どもである瓜くんと桃ちゃんに。

 「お母さん治る?」

 瓜くんの言葉に私は答える。

「お姉ちゃん頑張るからね!」

『治す』そう言いたかった。
 だけど、それは難しい手術になるだろう。
 100%治る補償なんてどこにもない。

 手術の時間は8時間。

 手術は成功した。

 そう言いたかった。
 でも、そう言えるほど現実は甘くない。

 組織検査の結果。
 がんの段階評価は5に達していた。
 手術は成功した。

 だけど想像以上にがんは転移していた。
 肺にまで達していたのだ。
 しばらく萌は入院した。
 でも、すぐに退院した。

 それが、最後の帰宅になるかもしれないことを萌は知らない。

 萌が退院して家に戻り。
 そろそろ子供たちも不安から解放されようとしたころ。
 萌は、自宅で意識を失い倒れた。

 萌が退院して一週間後の夜のことだった。

 虫たちの合唱の中。
 救急車のサイレンだけが虚しく響いた。

 私はそのとき、夜勤で仮眠を取っていた。
 私の携帯に一本の電話が入る。

 太郎からだった。
 萌が、意識を失い倒れたことを……
 消え入りそうな声で伝えてくれた。

 萌が目を覚ましたのは、それから2日後。

「あ、銘ちゃんおはよー」

 私が、萌の血圧を測っているとき
 萌はそう静かに目を覚ました。

「萌、倒れたことは覚えてる?」

 私がそう言うと太郎は、優しく笑い萌の手を握りしめた。

「うん、なんとなく覚えているよ。
 私、もうダメなのかな?」

 萌は涙を流しながら弱々しくそう言った。

「そんなことはない!」

 普段大人しい太郎が大きな声を出した。
 太郎自身、認めたくないんだろう。
 認めてしまうと萌の病気を受け入れなくてはいけないからだ。
 今度は小さな声で言葉をつなげた。

「大丈夫。
 大丈夫だから……」

 その声は消え入りそうだったけど強かった。

「もういい……もういいよ……
 ヤダよ!死にたくないよ……・!」

 萌は、涙を流し大きな声を出した。

 人は死ぬときその時期を感じてしまうことがある。
 恐らく萌えもそれなんだと思う。

 萌の声を聞いて心配で駆けつけた千春や彼方さんも病室に入ってきた。
 夜勤で疲れているはずなのに疲れの表情など一切見せなかった。

 萌は、それから2時間半涙を流した。
 そして少し冷静になった萌が言った。

「ねぇ。
 子どもたちに最後の挨拶をしてもいいかな?」

 萌のその声は、覚悟を決めた声だった。
 太郎は、唇を噛み締めうなずいた。

「うん」

 面会時間が過ぎていたけど私が面会の許可を出した。
 彼方さんが「僕が車を出すよ」と言うと太郎は小さな声で「お願いします」と言った。
 そして、ふたりは太郎と萌の子どもたちを迎えに行くために病室を出た。

「銘ちゃん、ちぃちゃん。
 色々迷惑をかけてごめんね」

 萌が弱々しい声でそう言った。

「迷惑とか思ってないから!
 ってか、本気でそんなこと言ってるのなら怒るわよ!」

 私は、思わずきつい言葉が出てしまう。
 萌は、小さく笑うと「ありがとう」と言ってくれた。

 それから暫くすると瓜くんと桃ちゃんが病室にやってくる。
 萌は、瓜くんと桃ちゃんの顔を交互に見る。
 そして、ゆっくりとうなずくと瓜くんの目をしっかりした表情で見る。

「瓜。
 瓜は強い子だよね?
 だから、桃をいじめちゃダメだよ。
 強い子は弱い子を護るの……いい?」

 萌がそう言うと瓜くんは小さくうなずく。

「うん。
 僕、桃を護る!」

 萌は優しく微笑むと小指を出した。

「じゃ、指切りだ」

 瓜くんは、弱々しく小指を出した。

「ゆびきりげんまん。
 嘘ついたらハリセンボンのーます。
 指きった」

 瓜くんの目から涙があふれる。
 そして、涙が止まらなくなり萌の指から離れると部屋の隅で座り込むと声を出さずに涙を流した。

 萌は、桃ちゃんの方も見る。

「桃……
 桃には色々苦労をかけてしまうと思う。
 もうちょっと大きくなったら、いっぱい悩みが出来ると思う。
 その時は、銘ちゃんやちぃちゃんに相談してね。
 銘ちゃん、ちぃちゃん、その時はよろしくお願いします」

 萌が私たちの方を見る。
 私と千春はうなずいた。

「任せて!
 初恋から結婚まで相談にのるから!」

 千春が、そう言うと萌はクスリと笑い「おねがいします」と言った。

「早く、お洗濯や料理を覚えてお父さんの力になってあげてね」

「うん」

 桃ちゃんは涙を流さずに、じっと萌の話を真剣に聞いていた。

「じゃ、桃も指きり」

 萌はそう言うと、小指を出した。
 桃ちゃんは静かに母の元に小指を近づけ、自分から歌を歌った。

「指きりげんまん
 嘘ついたらハリセンボンのーます
 指きった」

 桃ちゃんの指から萌えはゆっくりと指を離し太郎の方を見た。

「桃の結婚式には、私のドレスを着せてあげてね。
 洋服ダンスの奥にあるから……」

 太郎は、コクリとうなずいた。

「瓜に桃!
 きちんと、お父さんの言うこと聞くのよ!」

 萌がそう言うと瓜くんと桃ちゃんが涙声でうなずく。

「はい」

 ふたりが返事をしたのを確かめると萌は静かに涙を流した。

 まだ幼い瓜くんと桃ちゃんが、どこまで事情を理解できているかは私にはわからない。
 だけど、ふたりとも萌の話を真剣に聞いていた。

 よく、子どもには人の死の現場を見せるのはよくないという人がいる。
 でも、それ決して悪いものだけではないのではないかと思った。

 確かに元気だった母親の姿を知る子どもたちに、その母親の死の瞬間の姿を見せるのはきつくつらいかも知れない。
 だけど、瓜くんや桃ちゃんがやがて大人になったとき、母親の最後の姿を見れなかったことに後悔しないだろうか?
 血の分けた親子なのだ。

 子は親の温もりを……
 そして、暖かい肉声を……

 最後の最後まで聞く権利くらいはあるはずなんだ。
 そして、子は命の大事さを学んでいくのではないだろうか?
 こう言う経験を得る事に娘は母親の温もりと強さを息子には母親の優しさと厳しさを……
 学んでいくものではないだろうか?

 私は、そう思えて仕方がなかった。

 そして、一日が終わった。
 その部屋には、彼方さんと私と太郎がその部屋にいる。
 そして、そこに静かに横たわる萌。
 私たちは、静かに萌を看ていた。

 泣きつかれた子どもたちは別の部屋で眠っている。
 萌が暑がったため、屋の空調は18℃を下回っていた。
 子どもたちが風邪をひいてはダメなため違う部屋にいるのだ。
 その場にいる私たちは、上着を羽織るくらい寒かった。

 部屋をノックする音が聞こえる。
 太郎が「どうぞ」と言うと扉が開いた。
 扉の向こうには千春がティーカップとポットを持ってやってきた。

「これ飲んであったまろー」

 千春は、そう言ってカップにホットミルクを入れてくれた。
 部屋にホットミルクの香りが充満した。

「あー
 いい匂い」

 思わぬ場所から声が聞こえてきたので驚いた。
 それは、もう目を覚まさないと思っていた萌が優しく呟いたものだった。

「私は、冷たいいちごミルクがいいな」

 萌が、そう言うと彼方さんが「じゃ、僕が買ってくるよ」と言って部屋を出た。

 千春が話しやすいようにと萌のベッドを少し傾けた。
 彼方さんが戻ってくると私たちは、小さな小さなミルクパーティーを開いた。

 そこにいる人たちはみんな小学校のころからの親友だった。
 話の種は、いっぱいあった。
 1時間くらいたったころだろうか?
 萌が眠そうな声でこう言った。

「なんだか、眠くなってきちゃった」

 萌がそういうと、静かにゆっくりと眠りについた。
 最高血圧は45を切り、脈拍も少しずつ減ってきた。

 午前10時48分

 彼女はゆっくりと空気を吸い込んだあと静かに息を吐きだし、そして息を引き取った。

 享年26歳。
 私たちと同じ歳だった。

 彼方さんが、目で「臨終だよ」と私に伝えてくれた。
 だけど私にはそれができなかった。
 今だけは、今日だけは萌の担当医ではなく萌の親友としてその場にいたかったから……

 私は医者失格なのかもしれない。

 彼方さんが黙って、萌の脈を計り臨終を伝えた。

 皆、無言の中。
 少し気の早い蝉の鳴き声が聞こえてきた。

 まだ6月。
 少し気の早い蝉の鳴き声だけが私たちの耳に届いた。

-おわり-

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  • おねこいる。 06月27日
    小説「6月の蝉」。
    乳がんになったひとりの女性と医師の話です。
    2年前に書いた「ゆびきりげんまん」という話を再編集した話です。
    色んな人に読まれることを切に祈ります。
     #6月の蝉
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  • おねこいる。 06月27日
    小説「6月の蝉」。
    乳がんになったひとりの女性と医師の話です。
    2年前に書いた「ゆびきりげんまん」という話を再編集した話です。
    色んな人に読まれることを切に祈ります。
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