メクる

累計 14835271 スキ
BL・アダルトの
切り替えはこちら

赤い傘の彼女、あいまいな季節

短編小説
伝奇
オリジナル
2017年07月11日 23:32 公開
1ページ(2177文字)
完結 | しおり数 0

日常を切り取ったお話し。テーマ参加作品です。

ヘンリエッタ

  • 閲覧数

    31

    1705位

  • マイリスト

    0

    1138位

フォント
文字:--%
行間:--%
 夏は特にあいまいになる。

 雨の中、彼女は赤地に白い桜吹雪が舞う和傘を差して空を見上げる。
 黒い艶やかな前下がりのショートボブに黒いセーラー服を着ていて、小柄で細身、雰囲気がどこかクラシカルで戦前から戦中の少女のような緊張感があった。そして彼女が振り向くとその眼差しに射抜かれる。
 黒い瞳は意志が強く、とても力を感じるそれは人を従えるようなものだった。

羽衣(うい)、彼らが来るよ。君を食べに幽世(かくりよ)から出て来る」

 凛とした雰囲気とは裏腹に、どこかふわりとした印象のある彼女の声は心地よい音色のようだったが、羽衣にとっては悪夢そのもののことをこともなげに告げ、選択を迫る。

「逃げる? それとも殺す?」

 彼女が羽衣に与える選択はいつだってこの二つで、羽衣はその都度、選び先に進む。時間は前にしか進まないのと同じで、羽衣は前に進むことしかなかったから、実際の選択肢はたった一つだけだった。

「そう、殺すんだね。いいよ。私が殺してあげる。君の業は深くなるけれど、気にすることもないよ。君が勝てば業は力に変わるんだから」

 そうして彼女は来訪者を迎え撃つべく、雨の中、道の先に広がる白い霧の方を向きじっと見つめる。ピンと張りつめた空気が辺りを包み、彼女が手を横に空を切るとそこは現世と幽世の間の空間になり、殺戮が始まった。




 三ツ木羽衣(みつぎうい)は目覚めてベッドサイドのスマホを手に取り時間を確認すると、朝の七時だった。
 もぞりと身体を起こせば少し寝癖のついた茶色い髪がはらりと前に落ち、羽衣はそれをはらうように少し顔を上げて音のする方に目をやる。
 愛猫の有子(ありす)鬼火寝桜(おにびねさくら)が撫でまわして遊んでいた。桜は室内だというのに相変わらず赤い傘を差していて、セーラー服に黒い革靴を履いている。もっとも彼女は生者ではないので、関係がないだろうし、そもそも三ツ木家は西洋式だから羽衣も室内で靴を履いている。
 目覚めた羽衣に気づいていたらしい桜は藤子を撫でまわす手を止め、立ち上がり羽衣の方を向いてそっけなく朝の挨拶を告げる。

「おはよう、羽衣」
「うん、おはよう。相変わらず仲がいいのね」
「君は相変わらず顔色が悪いね。ちゃんと食べないからだよ。あんまり寝てもいないしね。人間なんだから生きるようにしないと簡単に死んじゃうよ」

 まあどうでもいいけれど、と桜は言葉を切る。
 桜にとっては羽衣の生死は大したものではなく、生きていようが死んでいようがこの関係は変わらないのだからと、言葉にも態度にも隠すことなく表していた。羽衣にとってはこの生き地獄は死んでも変わらないのかと思うと絶望でしかないが、運命を抗うことも出来ず人形のように母の言いつけを守るしかなかった。

「どうでもいいけれど、君は死んで霊になったら母君に使役されて今より立場が弱くなると思うよ。それが嫌なら少しでも生きることに執着するんだね」
「……そうね」

 羽衣はそうとだけ答え、やがてやって来たメイドによって食事が用意されるが、食欲がないといったら果物を改めて出された。
 出されたのは無花果、意味を持って出されたのか、それとも単純に季節だからか、意味を持って出されたのだとしたら、求められるのはその中のどの意味か。
 歴史的、薬用的、文化的、宗教的、その中のひとつかあるいはふたつみっつ、すべてなのかもしくはまったく違うものなのか。そしてそのどの部分が彼らが伝えたがっているものなのか、食事ひとつでも考えることは多岐に渡る。

「君が食べることに意味があるんでしょう。食べなかったらその子たちは無意味になる。だから君も気を付けた方がいいよ」

 桜の言葉は時々抽象的だ。
 あるいは哲学的ともいうだろう。そしてその真意を問うても求める答えは得られない。

「……そうね」

 羽衣は無花果を手に取り唇を寄せ、歯を立て噛み千切り租借する。飲み込み喉を通らせると身体に入り込んでくるそれを感じた。
 甘い香り、皮も脆さ、果肉の柔らかさ、果汁の甘味、種の舌触り、かみ砕く音、感触、命を食べるそれらは神聖であるべきことだが、羽衣には業がより一層深くなる儀式だ。

「また君は憐れんでいるね。そんなことをしても大して意味はないし、変わらない。君は君のまま、彼らは彼らのまま、その子らはその子らのまま。まあそれでいいんだろうけれど」

 桜は窓の外に目を向ける。
 夏の日差しに照らされる庭には命が満ち溢れるばかりで、木々が風に揺れ、向日葵が天高く咲き、朝顔が凛と咲き誇り、蝉たちが七日間の恋をする。
 夏は苦手だ、生と死の意味があいまいになる、この世とあの世の境界があやふやになる、幸福と不幸の間があいまいになるのだから。

「あと七日でお盆だからね、地獄の亡者が還って来るし、君はもっとたくさん殺すことになるね。今のうちに楽しんでいたらいい。憐れむ君をね」

 桜の言葉に羽衣はなにも答えず、手に取っている食べかけの無花果を皿に戻し、そしてベッドから下りメイドたちに身支度を整えられた。
 身支度が整ったあと、ベッドに目を向ければ空の皿だけが残っていた。
 そして桜の姿もなく、ただ仄かに無花果と桜の花の香りだけが漂っていた。

マイリストに登録する

この作品につぶやく

#赤い傘の彼女、あいまいな季節
 

500

みんなのつぶやき 一覧

イメージレスポンス(0) 一覧

この作品へのイメージレスポンスはありません

参加テーマ

タグ一覧 編集

友達に教える

  • ツイートする
  • イイネ
  • なうで紹介
  • はてなブックマーク
  • GoogleOne

この作品を見た人はこんな作品も 一覧

作者の投稿小説(5) 一覧

作品登録マイリスト 一覧

登録された公開マイリストはありません

その他


コーナー R

作品宛みんなのつぶやき

もっと見る

作者の他の作品一覧

一覧を見る

copyright (c) 2013-2017 メクる Co.,Ltd. All rights reserved.