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金魚の恋と白鷺の愛

短編小説
ファンタジー
BL オリジナル
2017年08月08日 18:03 公開
1ページ(10000文字)
完結 | しおり数 0


空原きいち

表紙提供:by Exact
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△オメガバースです△


王聖宮。海の上の小さなその場所に眠るαの中のαが長い眠りから覚める時、世界には束の間の平和が訪れる。
Ωのコウは世界が王を繋ぎ止める為に差し出された贄だった。
そんなコウとαの王のおはなしです。



文字数いっぱいで書いてませんが続きます
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この世には、男女の他にα、β、Ωというバース性といわれるみっつの性が存在する。
優秀で人々の上に立つに相応しいα性、バース性の中で多くの割合を占めるβ性、それよりも劣り繁殖の為に存在すると蔑まれることもあるΩ性。
αなんて極一部の優秀な人々の性で、βなら安泰、Ω性と診断されようものなら地獄を味わう。そう幼い子供も知っている程、Ω性というのは蔑視される。
何せ、三ヶ月に一度の発情期には、発情して何も手がつけられず、α、β問わず誘惑してしまう。発情期が訪れると、さかりのついた猿と馬鹿にする人だっているのだ。
定期的に訪れるその発情期のせいで、Ωは社会に出ても要職には就けない。社会的地位も低い。
……それを、僕達Ωは受け入れなくてはいけない。
もう何百年、この世が生まれた時からそうなのだから。


『それでは次のニュースです』

ブラウン管の中で色白のアナウンサーが華やかな笑顔を浮かべる。

『先程、王聖宮庁長官が記者会見を開き、平和王がお目覚めになられました。この報を受け、世界各国から祝辞が集まっています』

場面が切り替わる。
深緑色の垂れ幕を背に、白髪ばかりの髪を纏め官服を身に纏う年老いた男性が仰々しく話し始める。

『この度、我らがαの王が四十二年の眠りより目覚められたことを王聖宮庁より発表致します』

フラッシュと記者の歓声。平和王の体に大事がないことを告げると、場面は新たに切り替わり、各国の王様や大統領が祝いの言葉を口にする。
そして、駅前で号外が配られ、涙を流す人や歓声をあげて喜ぶ人へと次々に場面が変わり、アナウンサーに戻る。

『平和王が長い眠りにつき四十二年、誰もが待ち侘びた目覚めに世界中が喜びに満ちております』

そういって涙ぐむアナウンサー。
僕、コウはそれを画面越しに見つめる。と、急に画面が暗くなった。そこに映し出されるのは豪奢な部屋に似つかわしくない地味な男と、チャンネルを置く見目麗しい武人だ。
小さく息を吐き、開け放たれた窓から入る風に頬を撫でさせる。
この世界には幾つも国がある。戦争だって遠い昔の話ではない。だけど、ある期間だけは争いも何もなく平和な年が訪れる。
――それがαの中のα、αの王といわれる平和王が目を覚ます期間だ。
どこの国の物でもない領地に存在する『王聖宮庁』。
そこに眠る王様は、何故か長い眠りに落ちる。そしてこの世界が王様を求める時だけ目を覚まし、その期間はどんなに仲の悪い国も争いを控え、王様が起きている間に沢山の平和の為の取り決めを行う。
それでも王様が眠りにつくと争いは起こってしまうのだけど。
四十二年。眠りについた王様が四十二年ぶりに目を覚ました。これで暫くは争いもなく平和な時間が訪れる。
これを人々は口だけではなく心の底から喜ぶ。
数の少ないαというのは、βにとってリーダーであり神様だ。その中で最も尊き、力の強いαが君臨すれば、βだけではなく他のαだって心酔してしまう。
世界各国の喜びぶりも、涙ぐんだアナウンサーも大袈裟ではなく、ありのままの姿なのだ。
誰もが待ち望み、歓迎した今日という日。それは僕も同じであるのに、これから始まる地獄に憂鬱な溜息を吐いてしまった。
不敬だとかいわれてしまいそうなのに、溜息を聞いた筈の武人は無言で扉に向かう。それを開けてしまうから、僕は重い腰を上げて部屋を出た。
真っ白な袖広の着物はドレスのよう。赤い帯は金魚のような華やかな結びをされていて、オーガンジーの下でも白い海を金魚の刺繍が泳ぐ。平々凡々で目立つ物も誉れもない僕には、不釣り合いな衣装だ。
平和王が眠りにつく期間、この世界は王様に生贄を捧げる。その生贄で、眠りに落ちる王様を引き止めているのだ。そうしなくても良いと分かっていても不安で、王様と繋がっているという形が欲しいのだろう。
薄暗く広い廊下には、武人と同じ深緑色の鎧を纏う人達が並び、僕が歩き出すと甲冑の擦れる音を立てることもなく付いて来る。
静かな、静かな王聖宮。そこに捧げられた今代の生贄は、αに対なすΩ。何の間違いか、王聖宮が抱えるシャーマンが選んだ、小さな島国出身の僕だった。
進行方向が明るくなる。
中庭に面する回廊は、外からの明かりを受けて煌く。その光の中、こちらに頭を下げて立っているのは、先程、記者会見をしていた翁だ。その後ろにも頭を下げている官吏達がいる。
僕はその人達に目礼だけを返して傍らを抜ける。

「下賎なΩが」

小さな罵りが耳に入り息を飲む。けど、足は止めない。誰も諫めず、気にかける声をかけることもなく、賛同することはいわないけれど、皆が皆、そう思っているのは空気で分かる。
ここにいるΩは僕だけで、他は全員がβだ。多国籍の人達が集まり、皆が皆、平和王に仕える。
ここにいるからと発言力が他国である訳ではないけれど、箔がつくし、何よりも王の中の王の側にいられること、尚且つ王が目覚めた時に御身に尽くせることはβの人達にとってこの上ない誉なのだそうだ。
αの数は年々、少なくなっている。αを産めるΩがその数を減らしているからだ。だから余計、αに傾倒するβは至尊する心を強めΩに対するアタリがきつくなるという悪循環に陥っている。
世に否定され嫌悪されるΩが、名乗りをあげられない世の中を作り、どうやってαに会えというのだろうか。――どうやって、運命の番に出会えというのだろうか。
ふと足を止めた僕は中庭に根を張る大樹を見る。背後ではこれまた静かに足を止めた武人が片膝をついて次の動きを待つ。
あの大樹は名を何というのだろう?僕がここに連れて来られた時には既にあった。聞いてみようかと思って、それはやめる。
僕は生贄としてここにいるけれど、世界中がそうであるように、嫌われ蔑まれているのだ。
武人達だって勤めで僕の側にいるのだし、本当はΩに傅くのも嫌だろうに。
小さく息を吐き歩みを進める。衣擦れひとつ、甲冑の音ひとつ立てずに、武人は揃った動きで立ち上がり付いて来た。
王聖宮は広い。武人官吏だけではなく様々な職種の人がいて、その人達の宿舎や部署があるのだ。ひとつの市が入ってしまいそうな程。
世界地図は王の目覚めと共に王聖宮を中心にした物に書き換えられる。海の真ん中の小さな点。幾ら広くても世界に比べたら小さく狭いその点が、限られた期間中は世界の中心となるのだ。
大空を飛行機雲が貫く。街道を車や馬車が走る。静かな王聖宮は瞬く間に賑やかになるだろう。次から次へと賓客が訪れ、物や人が動くのだから。
その前にご挨拶だけでもと、平和王の部屋に向かう。
そこには甲冑にマントを着けた武人達が並んでいて、僕を見ると静かに道を作る。王の身辺を守る武人は僕の連れた武人達よりも優れていると聞いたことがある。
ここは息苦しくて、武人達の射抜く視線は鋭く重いので嫌いだ。その壁の中を更に奥に進むと、美しい意匠がこさえられた扉に突き当たった。そこには綺麗な女官が立っていて、僕を見ると翡翠色の瞳を眇めた。
女官が何もいわずにノックをすれば、中から扉が開く。そこには別の女官達がいて、皆、僕を見て視線を逸らしたり目を眇めたりする。
言葉にはしないけれど、来て欲しくないといいたいのをその視線で感じる。

「だぁれ?」

女官達の向こうから声がかかる。その瞬間、清涼な風が吹いたと感じた。
今まで物音ひとつ立てなかった武人達が跪く音が響き、女官が歌うように衣擦れの音を立てて僕の前から引く。
白を基調とした閑静な部屋が視界に飛び込んで来る。壁も天井も家具でさえも白いのに絨毯は草原のような緑を広げていた。
その中心、猫脚の椅子に腰掛けた《白》が僕を見つめる。
白い髪、白い肌、白い着物、汚れを知らない白の中で一点だけ対に広がる黒い瞳。背丈は僕と変わらないだろう、まだあどけなさの残る頬の少年に、僕は呼吸を忘れて見入ってしまう。
――ああ、ああ、彼は王だ、世界の、僕達の、僕の王様だ。
泣き出してしまいそうな郷愁が溢れ、喉が焼け付く。ともすれば泣いてしまいそうな感情が胸を満たし、彼の足に跪き爪先に口付けをしたい。
その瞳に見つめられるのなら、何でもしたい。彼の愛を受けられるのならば何を犠牲にしても良い。
そう思わせるのに、僕の足は動かず、胸が重く強く鐘を打ち鳴らし音という音を消してしまう。
胸を満たす感情が別の色を帯び、熱を持って体を支配する。それが口から溢れ出てきてしまいそうで、咄嗟に手で押さえる。
それが苦しい。とても、とても苦しくなって、もう片方の手で肩を抱いて蹲る。
ざわりと空気が動くのを感じる。きつく閉じていた目をそっと開くと、涙と熱で揺らぐ視界は緑一色だった。そこに白い爪先が入る。白く汚れを知らない指に爪。熱い息を吐いた僕は、無意識に跪き、そこに唇を寄せた。
ひんやりと冷たいそこに熱はない。血が通っているのかすら怪しいのに、僅かでも胸が満たされる。
足を掬い上げ、更に深く口付けをしたい欲求にかられ、僕はその通りに動こうとする。刹那、後ろから強い力に肩を掴まれて引き離された。
勢いもそのまま尻餅をついた僕は、怒気に染まる武人の顔を直視してしまう。

「王君に何たることを!」

「っ」

怒声に肩が震える。
僕は何をしたのだろう?何時の間にか目の前に立っている少年――平和王が憐憫を込めて目を細めるのが見える。
後ろを見れば武人だけではなく女官も顔を顰めていて、怒りを滲ませていた。
口をはくはくと動かした僕は、言葉が出て来なくて、だけどとんでもないことをしてしまったのではないかと慌てて額を床に押し付けた。
体が指先まで震える。喉が渇いて、張り付いたようだ。息が上手いこと吸えない。
どうしよう、尊い人に許可もなく触れてしまった。しかも爪先でも口付けてしまった。それなのに、確かに歓喜を覚えて消えてくれない。あの人に触れて欲しくて、渇望する。
どうしたことだろう、こんなこと、今まで一度たりともなかったのに。
目を閉じれば熱がぶり返す。胸が疼き、震えるのだ。
決定的なその瞬間をただ待つだけの僕の心臓が、冷たい手が肩に触れただけで大きく脈打った。

「顔をあげて」

優しい声色に恐る恐ると従う。
目と鼻の先に端正な顔があった。
左右で同じ大きさと形の黒い瞳。すっと通った高い鼻梁。笑みを浮かべる唇。息が止まる程の美貌を持った平和王は、慈愛に満ちた笑みで僕を見つめる。

「君が今代のΩか。可愛らしい」

「――っ」

こんな平凡で地味で、男の僕を見て何が可愛いのだろう。
聞く人によっては鼻で笑ってしまいそうなのに、僕の瞳からは涙が零れた。白い指先が宝物のように優しく丁寧にそれを拭ってくれる。

「彼等の怒りを許して欲しい、私を守ろうとしたのだ」

分かっている、僕なんかが不躾に触ってしまったから、武人達は怒っているのだ。
この世界で最も尊き方、誰もが心酔してしまう僕達の王様に、勝手に触れてしまったのだから。
口を忙しなく開閉して謝罪の言葉を発しようとするのに、声が出てくれない。その様子に何を思ったのか、平和王は「良いよ」と小さく囁いて背中を撫でてくれた。
それから、背後で控えている武人達を見遣る。

「この子と話がしてみたい、良いだろうか」

聞いておきながら有無をいわせない言葉に、複雑そうな顔を浮かべつつも武人と女官達が揃って立ち上がり部屋を出て行く。
残された僕は、平和王に手を握り締められ、誘われるように部屋に奥に向かった。
奥の扉を抜けると、薄暗い室内がある。その中心には幾重にも布が垂れ下がる大きなベッドがあって、足が竦んでしまった。
不思議だけど落ち着く匂いが充満する室内は、熱を燻らせる。
立ち止まった僕に、平和王は柔らかな眼差しを浮かべた。

「名は何という?」

「……こ、う……コウ、です」

「喋れるんだね?」

やっと絞り出した声は掠れて聞くに耐えない。けど、平和王が気にかけたのはそこではなかった。
僕がきちんと声を出せないから心配してくれたのだろう。
平和王が手を握り締める力を強めた。間近にある瞳は柔らかく優しいのに、どこか鈍い光を放っていて、僕から視線を逸らすことがない。
背は僅かに平和王が高いけど、視線はたいして変わらないせいで余計に近く感じた。
見つめられることに慣れていないし、相手はαの中のα、美貌を兼ね備えた世界の王様だ。気恥ずかしさと居た堪れなさに視線を逸らすと、それを咎めるように平和王は僕を呼んだ。

「こちらを見て、可愛い私のΩ」

「……っお許しを」

「駄目。君は、世界が私に捧げた大事な宝物だ。酷いようにはしないよ」

恐れないでと添えて、平和王は僕の腰を引き寄せる。
息を吸うだけで飛び込んで来る匂いにくらりとする。胸がどくどくと鼓動を刻んで、燻っていた熱を燃え上がらせようと煽った。
熱い息を吐き、堪らず平和王に凭れかかる。
触れている箇所から痺れが広がり、ずくりと下肢に熱が集まるのを感じて顔を茹だらせる。
ああ、僕はどうなっているのだろう?自分の体の変化が恐ろしくて、縋るように震える手で平和王の手と着物を握り締める。
背筋が甘く震え、頭に霞がかかった。

「ぁ、…はぁ……ん…っ」

「今まで数多のΩを見て来たけれど、部屋に入って来る前からこんなにも良い匂いを放つ子はいなかった」

「んんっ……耳許で喋らないで…ぇっ」

「ふふ。可愛いね」

吐息ひとつで意識が飛んでしまいそうになる。
何時の間にかベッドに横たわらされて、しゅるりと小気味良い音の後に帯が解かれる。僕に覆い被さる平和王は変わらない笑みを浮かべているのに、どうしてか恐ろしく感じてしまった。


何が起こったのか分からないまま、ふと目を覚ます。
薄暗い景色の中でベッドの白いシーツだけが不気味に浮き上がり、波を作っている。素肌に感じるシーツの感触が嫌で気怠い体を丸める。
側には誰もいない。視線を動かして確認すると、部屋から隔離するようにベッドの周りは幾重もの布が垂れ下がっていて、外の様子は分からなかった。
……思い出されるのは、ここで、平和王の相手をしたことだ。
匂いだけではない。黒い瞳に見つめられるだけで湧き上がる興奮のまま、何度も何度も強請って熱を求めた。
なんてはしたなくて汚らわしい。
下唇を噛み締めた僕は、滲む涙を拭う。
思春期になる頃、バース検査を受けるのは世界中で常識となっている。そこでくだされるバース性は人生を決めるもので、Ωという結果は目の前を真っ暗にさせた。
だって、夢も希望も何もない、隠れて暮らすか酷い仕打ちに我慢をしなくてはならない記号なのだ。
僕は直ぐに国の機構が保護という名の隔離で世間から消された。そこには多くのΩがいて、皆、暗く沈んだ顔で日々を過ごしていた。老若男女様々なΩが集まる小さな村のような場所で、時折、来るαやβの有力者に品定めをされ、連れて行かれた。それ以外は小さな物を作って、役人に外に売りに行ってもらう。それしかやることはなかった。
僕に転機が訪れたのは、王聖宮にいるシャーマンが小さな島国のΩが贄となると宣言してからだ。政府は大喜びで探しに来た官吏達に村を紹介した。
Ωが不当な扱いを受けるのは世の常で、そういう村があるのは珍しくもなんともない。
そこに同伴していたシャーマンが、僕を見て「この子だ」といった時は現状の把握が出来なかった。
だって、Ωは不当な扱いを受けるけれど、αを惹き寄せる為か容姿が優れている人が多い。村にいたΩもその例に違わず、美しい人が多かった。
信じられないと叫んだ村にいたお姉さん。チビで痩せっぽちで地味な男が贄になるなんてと愕然としていた政府の役人。
王聖宮に捧げられる贄に、世界中で疑問を口にしたり嘲る人もいるのを知っている。
王聖宮内でも、僕のいる期間に平和王が目覚めたらと悲しむ人がいるのも知っている。
恐れていたことが起こってしまったと、今頃、騒ぎになっているだろう。

『……あ、ぁぁっ…お、ねが……噛まないで…噛まないで…っ!』

情事の中、頭が吹っ飛びそうな程に強い快楽に見舞われながら、僕は泣きながら項を守っていたのを覚えている。
αとΩの間には『番』という特別な関係がある。情事の最中、αがΩの項を噛むことで成立するその関係は、Ωの発情期を抑えることも出来る。
互いが大切に、幸せな関係を築ける、夢にまで見るそれを、僕は拒んだ。
拒まなくても、平和王は噛まなかっただろうけれど。
体は清潔にされていて、情事の痕はひとつもない。そう、ひとつもないのだ。気を失っている間に消されたのか、付けられることがなかったのか。
鼻を啜り、起き上がった僕は、足下に畳んで置いてある単衣に袖を通した。
まだ体中が痛いけれどベッドから抜け出す。静かな部屋に人気はなく、ひとつだけある扉をそっと開くと眩い明かりが視界を焼く。
平和王に出会った部屋にも人気はなく、耳に痛い静寂が包んでいた。
目覚めたばかりだけど、役目があるのだ。きっと、お仕事でお忙しいのだ。僕は素足で絨毯を踏みしめながらその部屋も出る。
武人で囲まれていた廊下も、中庭に面した陽のあたる通路も、誰もいない。
単衣だけの今の格好を見られたら怒られるだろうけれど、僕の部屋に帰るまで誰にも会うことはなかった。
扉を閉めて、鍵もかける。窓のカーテンも全部閉めて、それからブラウン管の前に座りテレビをつける。
ブンという鈍い音の後、歓声が耳を打った。
テレビでは平和王が笑顔で手を振っていて、集まった人々が紙吹雪の中を同じように手を振り目覚めを喜んでいる。
王聖宮のどこだろう?ここまで騒ぎが全くといっていい程、聞こえないから遠い場所なのかもしれない。
膝を抱えて平和王を見つめる。それなのに、アナウンサーに場面が切り替わってしまった。

『ご覧のように王聖宮前は集まった人々の歓声で賑わっております!』

ああ、邪魔だな、そんなことは良いからもっとあの人を映して欲しいのに。
抱えた膝に頭を乗せて目を閉じる。体が怠い。だらしないと分かっていてもそのまま転がった僕は、次の瞬間に息を呑むことになった。

『平和王のお目覚めを受け、王聖宮は贄以外のΩを受け入れる準備を始めているとのことです』

顔を上げてテレビを見れば、スタジオでは難しそうな顔のおじさん達がいて。

『贄が既にいるとのことですが、やはり平和王はご満足頂けなかったということですかな』

『言葉が悪いですが、私は贄のΩを見た時にこうなる予感はしておりました』

『世界各国は既にΩの選定を始めているとか』

『恐らく平和王の世襲が行われるのでしょう。現平和王が即位し既に何百年と経っておりますし』

『とはいえ現平和王はお若くいらっしゃる、焦る物でもありませんでしょう』

言葉が流れて行くのを初めて感じる。
平和王は何年、何十年、下手すれば何百年と眠りに落ちる。僕と同じ背丈で少年と称される見た目でも、既に何百年と生きられている方で、その原理は未だに分かっていないけれど(αの中でも特別なαであると結論付けられてはいるけれど)、Ωとの間に子を成すことだって出来るしその子供が平和王を継ぐことも可能性はある。
まだまだ若いし、後継なんてうんと先だろうけれど、王聖宮がそう動いているのならば彼の意思もある筈だ。
『贄が既にいるとのことですが、やはり平和王はご満足頂けなかったということですかな』『私は贄のΩを見た時にこうなる予感はしておりました』その言葉が頭の中をループする。
場面は再び平和王の歓迎セレモニーに変わる。
優しく柔らかな笑みを浮かべる平和王に、先程の顔が重なる。
……同じだ。僕が初めて見た平和王の顔と、集まった人達に向ける顔は、全く同じで。
何も特別なことなんてない。この人にとって、集まった人達と僕に差なんてないんだ。
そっと項に手を這わせる。

「噛まれなくて良かった」

このまま王聖宮の片隅で消えて行くだろう僕が、《番》だなんて恥ずかしくて公にも出来ないだろう。
テレビを消して蹲る。
きっともう直ぐ美しいΩが集まるだろう。そこに彼の《番》がいるかもしれない。美しい彼に、美しい人が寄り添い、同じΩでも世界は祝福する日が来ることだろう。
良かった。そこに僕がいてはいけないのだ。誰も僕を歓迎することもないし、彼が哀れまれることもない。生まれて来る子供も愛らしく、次の平和王に相応しい子かもしれない。
たった一度、お情けか戯れかは分からないけれど相手をしてくれただけで、勘違いをしてはいけないんだ。分かっている。良かったではないか。
――それなのに、こんなに苦しいのは、悲しいのは、僕がひと目見ただけで彼を好きになってしまったから。
愚かな自分の驕りだ。

「っうぅ」

ぼたぼたと涙が零れて落ちる。胸が張り裂けそうな程、辛い。
王聖宮に召し抱えられた時、平和王に優しく扱われた時、期待をしなければ良かったのだ。
こんな僕でも、愛してくれる人がいるのではないか。世界中の人が慕う人が僕を受け入れてくれるのではないか。
――そんな筈、なかったのに!!
胸が、体中が痛くて。泣くしか出来ない僕は、勢い良く開いた扉に跳ね起きた。


*******


赤い帯が泳ぐようにシーツに線を引く。
それを手に取り鼻に寄せれば、芳しい柑橘系の匂いが鼻腔を擽った。

「良い匂いだ」

呟きに、膝をつき控えている武人がぴくりと肩を震わせる。
長い眠りにつき、必要とあらば目を覚ます。そんな自分を世界中の人々が待ち侘び、目覚めれば大層、喜んでくれる。それが平和王には嬉しく、愛おしい。その世界が差し出す贄がΩであるのは、自分がαだからだ。
目覚める度に、Ωの数は減少し、国中が対策を練っているが歯止めは効かない。その原因のひとつであるβの嫉妬はどうしようもないが、次に目を覚ました時、Ωは消滅しているかもしれない。そうなればαも消え、残されたβはどうなるのだろう。そう心配する程、βのαへの盲信は強く根深いのだ。
目の前の武人もβで、平和王の目の前で贄のΩを引き剥がした。それを咎める気はない。
だが、式典を終え、戻って来ればΩが自室に篭ってしまったと聞けば、悲しくも感じるのだ。
自分にしか分からない匂いを放つΩがただのΩではないと知っている。《運命の番》だ。長く生きて来たが、それに出会うのは初めてのことで、皆に平等の感情しか抱かない平和王にとって胸を満たした衝撃はいい表せない。それ程までに歓喜したのに、当のΩは何に怯えているのか必死に項を守り、逃げてしまった。

「コウは金魚のように可憐で、美しい。世界には礼をいわなくてはいけない」

「……王君、彼はお気に召されたでしょうか」

「うん。だから、大事にしてね」

傷ひとつ付けることは許さない。言外にそういえば、武人は息を詰めた後に恭しく頭を垂れる。
博愛であり、平等である平和王が初めてひとつを特別に扱うことを、世界は許さないのかもしれない。
『世界から王を奪ったΩ』と忌避され怒りの矛先が贄のΩに集まるだろうことは、十二分に予想が出来る。だからこそ、平和王は《隠れ蓑》と《剣》を準備するよう命じた。
誰もが惚れ惚れとする美貌に笑みを浮かべて、平和王は立ち上がる。

「金魚の部屋に行って来る」

「はっ」

女官が掲げるドレスのような白い衣と帯を持ち部屋を出る。
その先の廊下には自分を守る剣達が膝を折り頭を垂れて待っていた。その間を臆せず進む。
平和王は歩きながらも、手の中の布から香る匂いを吸い込んでは、満足げな息を吐く。
陽射しをふんだんに浴びる中庭に面した回廊に差し掛かった時、ふと視界に大樹が入る。足を止めてそれを見れば、付き随う武人達は物音ひとつ立てずに膝を折り頭を垂れた。

「五十年余りか、あれも大きくなったな」

月日の流れを感じ目を細める。
それよりも今は贄のΩだと歩みを再開する。今度は少しだけ駆け足になり、武人達も慌てたように付いて来る。
薄暗い廊下の中、深い緑色の甲冑を纏う武人達が頭を垂れて出迎える中を進みながら、まるで水草のようだと内心で笑み、ひとつの扉の前で立ち止まった。
扉越しにも柑橘系の良い匂いがする。飽きることなくずっと嗅いでいたくなるその匂いを吸い込んで、扉を開けようとした刹那、耳に入った泣き声に平和王は突き動かされるようにそれを開け放った。

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