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金魚の恋と白鷺の愛2

短編小説
ファンタジー
BL オリジナル
2017年08月10日 23:54 公開
1ページ(10000文字)
完結 | しおり数 0


空原きいち

表紙提供:by Exact
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△オメガバースです△


王聖宮。海の上の小さなその場所に眠るαの中のαが長い眠りから覚める時、世界には束の間の平和が訪れる。
Ωのコウは世界が王を繋ぎ止める為に差し出された贄だった。
そんなコウとαの王のおはなしです。




http://mecuru.jp/novel/21783
の続き
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バン!という大きな音に飛び起きた僕は、大股で入って来た平和王に目を見開く。
手に持っているドレスのような白い衣と赤い帯は、僕が着ていた物だ。平和王の部屋を出る時にはなかったから、誰か持っていったと思っていたのに。
平和王の体の向こう、開いたままの扉の外では武人達が硬い表情で立っていて、その無数の目が僕を射抜く。
それに身が竦むと、まるで庇うように間に平和王が入って隠してしまった。
平和王はそのまま僕の側まで来て、膝をつき視線を合わせると労わるように頬に触れる。

「ああ、私の可愛い金魚。何故、泣いているの?」

「……っ、金、魚?」

金魚って、僕のこと?
瞬きをしたら零れた涙を指で拭い、平和王は柔らかな笑みを浮かべる。見惚れてしまう素敵な顔なのに、それが見たくなくて、僕は顔を覆って蹲った。
相手の困惑する気配を感じる。

「どうかしたの?どこか痛い?それか、苛められた?」

首を振る。
体は痛いけれど、心が辛いけれど、これは誰のせいでもない。僕の都合なのだから。
白く温度のない手が僕の肩に触れる。ぞくっと背筋に走ったのは甘い痺れだ。間近に迫る気配に身を固くすると、吐息が耳にかかる。

「ねぇ、コウ。泣かないで、何がそんなに悲しいの?」

その悲しみを取り除くことは出来ないの?そう尋ねられて、僕は恐れ多くも頷いてしまった。
きっとここにいる間、僕は悲しみから解放されることはないのだ。だからといって、ここを出て行っても、その悲しみから逃れることも出来ないのだろう。
平和王は寂しそうに「そう」と呟いた後、体を離す。
このまま部屋から出て行ってしまうだろう。それを望むのに、僕は平和王の手を掴み縋ってしまっていた。
ざわりと動く気配。滲む怒気。また引き剥がされてしまうのだろうか。僕が触れるのはとても許される人ではないのだから。
けれど。

「良い、許す。皆は控えてくれ」

はっきりとそういった平和王に、扉が閉まる。
ああ、ああ、僕はあの人達からこの人を奪ってしまったのだろう。
こんな地味で良い所のないΩが、αの王を独占してしまうことを、あの人達は良く思わないのに。
平和王は僕の手を握り締めると、優しく抱き締めてくれる。
きっとこの優しさは、別のΩに与えられることになるのだ。だったら、少しだけ、今だけ良いかな。
控えめに寄りかかると、抱き締める力が強くなる。すんと鼻を啜ると、不思議な香りがした。あの部屋の匂いだ。
ずくりと下肢が疼く。喉が焼け付き、枯渇する。強請って、甘えたくて首筋に頬を摺り寄せると匂いが強くなったような気がした。



ピチチと小鳥の鳴き声が聞こえる。目を開いた僕は、眩い明かりに照らされた白いシーツの海に寝転がっていた。
喉が乾いた。体中が痛い。筋肉痛なんてものじゃない、それよりも酷くて痛い。
呻いて、でも起き上がるのも鬱屈で目を閉じれば、ベッドが軋んだ。耳に心地良い笑い声が入る。それから、甘い、けれどとても落ち着く匂いがする。
瞼をあげると、ベッドに腰かけた平和王がいて目が奪われる。
白いシーツと眩い明かりの中にいて、白を纏う王様はとても幻想的だった。
見惚れていると、顔が近付いて来てこめかみに唇が降り注ぐ。僕はそこを押さえて赤面してしまう。

「ふふ。私の可愛い金魚、そろそろ起きなくては朝食を食い逃してしまうよ」

「……っ」

「先に水を飲みな」

そういって差し出されたグラスには透明な液体が入っていて、それが無性に欲しくなった僕は気怠い体を力を振り絞って起こす。
グラスを受け取って、甘く感じるそれを飲み干す。ああ、生き返った。ほうっと息を吐くと、平和王は笑みを深める。
それが居た堪れなくて視線を逸らせば、咎めるように僕に顔を寄せて来た。

「金魚、私を見て。閨では何度も私を受け入れて、甘やかしてくれたではないか」

「っ!」

「つれないことをしないで」

どうしてそんな恥ずかしいことをいえるのだろうか。
思い出して耳まで茹だった僕は、体ごと平和王に背を向ける。きっと体中が真っ赤だ。思い出すだけで下肢は甘く痺れて、平和王に慈悲を乞いたくなる。
と、背中越しに平和王が近付く気配を感じた刹那。
――ぬるっ。
項に走った熱く粘り気のあるひと撫でに、総毛立つ。
平和王が僕の項を舐め、吸い付く。見ていないのに、そのまま白い歯が立てられる――それを察して、僕は項を押さえて飛び退いた。
目を丸くした平和王が視界に入る。
不躾だ、彼を拒むことはしてはいけない、けれど、恐ろしい。駄目だ、これは駄目なことだ。
性行為の最中ではないし、《番》にはならないのだとしても、ここを噛まれるのは嫌だ。

「金魚」

「ゃ、だ……やだ……!触らないで……!!」

体がみっともなく震える。
正気を失いそうな快楽の中でも必死に拒み、守った項を、僕は強く握り締める。
先程まで頭がおかしくなる程に熱くなったのに、今では氷の中に落とされたように冷たくて。
平和王が目を細め、それから僕を刺激しないよう優しく「大丈夫だ」と声をかけてくれる。

「もうやらない、だから触れても良い?」

「やだ」

「……分かった、私からは触れないから」

「やだぁ」

それもやだと駄々を捏ねて、ボロボロと涙を零す。こんな、面倒くさい奴を相手にするなんて、平和王が気の毒だ。
困ったように顔を顰めた平和王に、僕はベッドの上で額をシーツに押し付けて「ごめんなさい」と謝る。

「良い、謝らないで、コウ。女官を呼ぼう、着替えて落ち着いたら話をしよう」

頭を振っても駄目だといって、平和王が女官を呼ぶ。
直ぐに入って来た女官は僕を見て顔を顰め、それでも指示通りに身嗜みを整えてくれる。
白いドレスのような着物はそのままだけど、その上に朱色の羽織を着せられ、今日は白い帯を金魚の尾ひれのように結ばれる。
平和王が僕を金魚と呼ぶのは、この衣装のせいだろう。
温かいスープを飲んで、落ち着いた頃、平和王も着替えを済ませて部屋に入って来た。今日は白いシャツにパンツで、肩にはこれまた純白の羽織をかけている。
ベッドに腰かけたまま見惚れる僕に笑みを浮かべて、平和王は隣に腰かける。

「落ち着いた?」

「……ごめんなさい」

「私が無遠慮なことをしてしまったせいだよ。それにしても、コウは本当に金魚のようだ」

「……僕、も、普通の服が良い、です」

「何故?その姿も随分と可愛らしいのに」

「僕だって、男だし」

それは平和王だって知っているだろうに。平和王は確かにと呟いて頷いた。

「でも、ずっとその衣装なのだろう?」

「……贄だけど、僕は地味だから、少しでも平和王に差し出された姿が相応しくなるようにって」

「こんなに可愛いのに」

男なんだから可愛いといわれても複雑なのに。
下唇を尖らせると、平和王はくすくすと笑う。

「ねぇ、金魚。私のことは平和王ではなく別の呼び方をしない?」

その言葉に驚いて平和王を見る。
平和王はずっと平和王だ。平和を齎すαの王様だから、皆がそう呼ぶしそれ以外の名前はないのに。
不思議に思っていると、平和王は肩を竦める。

「私はコウを金魚と呼ぶから、コウからも特別な名前が欲しい」

「……どうして?」

僕ではなく、もっと素晴らしいΩが集まるのだからその人に特別な名前をもらえば良いのに。
疑問と、優越感が僕の胸を支配する。この人の特別をひとつでも貰えるのが、とても嬉しいなんて口が裂けてもいえない。
平和王は優しく笑みを浮かべながら僕を見つめる。

「お願い」

ずるい。この人がそういえば、きっと誰も断れない。
僕は自分の爪先を見つめる。裾の先からちょこんと顔を出す爪先の隣には、黒い靴を履いている平和王の足が並んでいる。
この人は殆ど、白に覆われている。だから、「白鷺」と口に出せば、平和王が小首を傾げる。

「それが私の名前?」

「……はい」

「そう。白鷺か。ふふ」

嬉しそうに笑う平和王の横顔を見つめながら、僕は口を引き結ぶ。
昔、Ωを集めた村にいた頃、娯楽のひとつだと金魚が小さな池に放たれたことがあった。少しくらい美しい物に触れることを役人が許してくれたのだ。
けれどそれはどこからか飛んで来た白鷺に食われてしまった。
僕を金魚と呼ぶのなら、彼を白鷺と呼んでも良いだろうか。あの白鷺のように、この人は僕の全てを食べてくれないだろうか。きっと離れて暮らすのは辛くて悲しいから、僕はこの人の血肉になりたい。そうすれば、何百年先だって一緒にいられるだろう。

「金魚、早速だから君が付けた名前で呼んで」

「……白鷺……様……」

「様はいらないよ」

無理だ、白鷺と名前を付けたけれど、呼び捨てになんて出来ない。
激しく首を振ると、平和王……白鷺様は「もう」と拗ねた。と、扉の向こうから白鷺様を呼ぶ翁の声がする。
白鷺様は嘆息をして立ち上がる。

「もっと話す時間が欲しいのに。夜にまた来るからね」

そういって僕の頬を撫でた白鷺様は、そのまま顎を引き上げる。されるがまま上向いた僕は、唇に触れた柔らかな物に瞬きをする。
目と鼻の先にある白鷺様の顔は笑みを浮かべていて、また近付いて来たと思ったら唇に同じ物が触れて離れる。
……僕、キスをされたんだ。
ぼんっと音を立てて顔が赤くなって、それを手で覆って隠すと、白鷺様はくすくすと笑って僕の頭を撫でて出て行った。
白鷺様は不思議な方だ。どうして僕に優しくしてくれるのだろう。熱い頬に手を当ててぐるぐると回る視界に悲鳴を上げてしまう。堪らずベッドに倒れて顔を隠すけれど、唇の感触は消えてくれなくて。もっと凄いことだってしたのに、胸に押し寄せる甘酸っぱい波に悶えてしまった。
ああ、幸せだ、このまま白鷺様が僕の前に現れることがなくても、別のΩと《番》となって子を成しても、この瞬間の思い出があれば生きていける。僕は満足だ。


白鷺様は忙しい。
王聖宮には世界各国からの賓客や物が運び込まれ、その相手をしなくてはいけないし、平和についての取り決めも行わなくてはならない。眠っていた間に起こったことも把握しなくてはならない。
お忙しいのに、それでも朝と夜は僕に会いに来て下さる。そこでお話をしたり(といっても、白鷺様のお言葉に聞き入ることも多いけど)慰めをくれる。
Ωが集められるなんて信じられなくなるくらい、僕にとって平穏な日々が続いた。
その日、僕は母国の偉い人と会うことになった。王聖宮に連れて来られて母国からの接触があったのは初めてのことだ。
あいも変わらず僕には不相応な金魚のような華やかな装いで、偉い人の待つ部屋に入る。僕に付き従う武人達(彼等を白鷺様は剣と呼んでいる)も無言で、部屋には隊長さんだけが付いて来た。
閑静な、けれど配置される物全てが高級な家具のみの部屋には燕尾服のおじさんが三人、いて、そのどれもが上座でふんぞり返っている。
僕を見るとにやりと口端を上げた。

「噂には聞いていたが、女人のようではないか」

「まあまあ、贄として少しばかりは平和王を愉しませることが出来ているようですし」

小さく頭を下げた僕は椅子に腰かける。
学のない僕にも、この人達が会いに来た理由は何となく分かる。白鷺様への謁見ついでに、僕に圧をかけに来たのだ。
案の定、おじさん達は口々に僕に白鷺様を愉しませることを第一に考えろという。それ以外を望むことは許されず、時期が来ればもっと美しく素敵なΩを王聖宮に送る支度も整えてある。国を代表して王聖宮に差し出されたけれど、僕なんかではお役目は果たせないだろうことを嘲りながらいわれる。
その言葉を聞きながら、痛み始めた胃の辺りに手を添えた。
分かっていることだ。Ωが選出され、王聖宮に集まることは遅かれ早かれ決行されることで、僕は直ぐに白鷺様の目の前から消える。僕が望まなくても世界はそれを望み、お優しい白鷺様はそれを受け入れるだろう。

「しかし予想外なことも起こるものだ。平和王がお前のような凡庸なΩをお気に召してくださるとはな」

「物珍しいだけかもしれませんぞ」

「一体、どこをお気に召されたのか。流石、Ωだけある、見た目がどうであれ、αを閨に誘い込む手腕は持ち合わせているらしい」

下卑た笑い声に、胃に添えた手に力を込めた。
あらかた話し終えた偉い人達は帰りの飛行機の時間だといって出て行った。残された僕は黙って立ち上がり、部屋を出る。控えていた武人達を引き連れ、自分の部屋に戻る途中。

「金魚」

優しい声色が僕を呼ぶ。
誰かなんて確認しなくても、僕をそう呼ぶのは世界中でたったひとりだ。
正面から白鷺様が官吏や武人達を引き連れて歩いて来る。僕の後ろで武人達が膝を折った。

「ここで会うとは、祖国の方との話は終わったの?」

頷くと、白鷺様はほんの少し顔を曇らせる。
白い指が伸びて来て、僕の目許を擽った。

「少し時間がある、散歩をしよう」

「王よ」

翁が厳しく白鷺様を呼ぶけれど、彼は僕の背に手を添えて中庭に出る。
嘆息する気配を背に受けながら、ふたりで歩く中庭は大樹の木漏れ日に不規則な模様を作っていた。その中を歩いていると、まるで水底にいるような錯覚を覚える。
誰も付いて来ることはないけれど、何かあれば直ぐに駆け付けられるよう気を張っているのだろう。振り向いて僕達を注視する人達を見ていると、白鷺様は僕の頬に手を添えた。
促されて白鷺様を見つめる。

「私の可愛い金魚、悲しいのならばそういって」

「悲しいことなどありません」

白鷺様の手に手を添えて擦り寄る。
悲しいことなんてない。ある筈がない。ここにこの方がいる、その喜び以外に僕を苛む物などこの人は知らなくて良いんだ。
白鷺様は目を細めると、僕を優しく抱き締めてくれる。

「コウ、私にはいえないの?」

何をいっているのだろう。僕は小さく笑って白鷺様に凭れる。

「誰にもいったことがありません」

僕の言葉を聞く人は白鷺様だけだというのに。
白鷺様が悲しそうに息を吐く。あの偉い人達も、官吏も、白鷺様が剣と呼ぶ武人達も、僕がこの方を悲しませ心を煩わせていると怒ることだろう。世界中が、僕を糾弾するだろう。
目を閉じて、痛む胃に手を添えて撫でる。

「白鷺様」

「ん?なぁに?」

どこまでも甘くて優しい声が耳に心地良い。

「ここに集めるΩは、どんなに素敵な方達でしょう」

「……」

「皆が美しく、Ωだけどとても優れた素晴らしい方ばかりでしょうね」

「金魚」

肩を掴まれて引き剥がされる。
驚いて白鷺様を見ると、とても悲しそうな顔をされていて。

「どんなに優れたΩが集まっても、私には金魚しかいない」

それは、嘘だ。白鷺様には、僕以外に素晴らしいΩが似合うし必要となるだろう。今はただ物珍しいだけで側に置いてくれるけれど、他のΩを見れば考えは変わる。
白鷺様を疑うのではなく、僕にはこの方に大事にされる理由も、お側に置いて貰える理由も分からないし、そんな価値がないと思っているから。
笑みを浮かべて小さく頷きを返す。分かっていると言葉にしなくても察してくれたのか、白鷺様はとても、それはとても悲しそうに、泣きそうな顔を浮かべて僕を抱き締めてくれた。
その三日後のこと。
王聖宮の中に世界中からΩが集められることとなり、華やかな催しが開かれた。
Ωは蔑視される物。差別され、抑圧される物。だけど、王聖宮に初めに贈られたΩが僕であったこと、噂でも白鷺様の世継ぎが生まれることが目的ではないかということで、世界中が集められたΩに注目して期待を込める。
αの数は減って行く一方で、それはΩの数が減少しているからで、取り返しのつかないことになる前に次への希望をβは望んだ。
王はそれを受け入れたのだ。
ブラウン管ではいつぞやのように紙吹雪が舞い、音楽が奏でられ、街頭に並ぶ人達は民族衣装を纏ったり正装したり華やかな装いのΩに「頼んだぞ」「王の子を!」と声援を送る。Ωはそれを嬉しそうに誇らしそうに聞くのだ。
今まで自分達を卑下して来たβが期待と希望を一心に寄せて自分達に出来ないことを託す。その優越感に、誰もが浸っている。
僕はぼんやりとその光景を見ていて。

「お辛いのならば消しなさい」

初めてかけられた声に驚いて振り返る。
そこには何時の間にか入って来ていた隊長さんがいて、βには珍しい端正な顔を険しくさせていた。
初めて聞く声が低かったこと、かけられた言葉が僕を案じる物だったことに驚きつつも、テレビを消す。

「……あの方々はどちらに」

「この本宮とは別に宮が建てられていますのでそちらに」

「僕は」

「平和王よりお伺いしていることはございません」

そうか。何もいわれていないから、僕が出て行く支度とかしていないのかな。
視線を窓の外に向ける。僕はどうなるのだろう。白鷺様に忘れられ、訪れることのない日々を諦めて過ごすことになるのだろうか。それなら、せめて母国に帰して欲しい。テレビも新聞もない場所で、静かに暮らせたら良いな。それくらい、許されるだろうか。
そんなことを考えていた僕は、その日の夕食に白鷺様が来たことに驚いてしまった。
だって、集められたΩの人達と晩餐会があると女官が話していた(わざと聞こえるように話していた)のを聞いたから、もう来ることはないと思ったのだ。

「金魚は何が好き?」

そう尋ねられて、僕は困ってしまう。
食べられるのなら何でも良いと思っていたから、好物を聞かれてどう答えて良いか分からなくて。視線を彷徨わせて、一番、食べやすそうな煮物の小鉢を持ち上げる。茄子とオクラを豚肉と煮たそれに、白鷺様は嬉しそうな顔を浮かべる。

「私はね、酢豚が好きなんだ」

食事に並ぶと嬉しいといった白鷺様に、彼の好物を頭に叩き込む。

「金魚の好きな物をもっと知りたい」

「……えっと……好きな物……」

知りたいといわれても、好きな物なんて考えたこともなかった。
白鷺様は楽しそうに食事を口にする。それを緊張と物珍しさで盗み見ることしか出来ないけれど、ひとりで食べるよりは僕も楽しく感じた。
それから白鷺様は沢山、お話をしてくれて、それに相槌を打ちながら聞く。幸せな時間はあっという間に過ぎた。
女官が「王君」と呼び頭を下げる。時計を見れば、もう寝る時間はとっくに過ぎていて。

「ああ、そろそろ金魚も寝ないとね」

「……はい」

「本当は泊まりたいけれど、明日が早いんだ。楽しみは明日にとっておこうかな」

そういって僕の髪に口付けた白鷺様に顔が赤くなる。

「おやすみ、私の可愛い金魚」

「っお、おやすみなさい」

去って行く背中を目に焼き付ける。
白鷺様は、これが最後になるかもしれないと毎日ビクビクしている僕に気が付いているだろうか。
白鷺様のいう『明日』が本当に来るか、僕には確証がないのだ。かといって自分から会いに行くなんて決して出来ないから、来なければ諦めるしかない。
自分の薄い胸の前で手を握り締める。それから、項に手を添えて、僕は渦巻く感情を深い息と共に吐き出した。


*******


官吏の翁が持って来た資料を捲りながら、白鷺と名付けられた平和王は前髪を掻き上げる。
それは世界各国から選ばれた《優れたΩ》だ。といっても容姿端麗で子を成せるΩという基準だが。

「……Ωはまだいるということは、その数だけαもいる……と考えて良いだろうか」

尋ねた相手は、皺だらけの顔の翁だ。その隣には、王聖宮の抱えるシャーマンがビスケットを頬張りながらソファーを占拠している。
白鷺の問いに、翁は首を振る。

「やはりΩの歯止めは効いていないと報告を受けております」

「……そうか。αが世から消える日も遠くないのかもしれないな」

「分からないよ、我が王」

炭酸飲料水を呷ったシャーマンは、極彩色の瞳に輝きを浮かべる。年齢不詳性別不明と自称するシャーマンに、翁が眉根を寄せた。
白鷺は書類を綴じて視線で続きを促す。

「αはβの希望だ。心の支えといっても良いし、我が王が眠りについている間も世界中にいるαはその役割をきちんとこなしている」

「シャーマン、簡潔に」

翁が口を出すと、シャーマンは頬を膨らませた。

「だから、βが望む限りはαは存在し続けるといっているんだ」

「αはΩから生まれる。その母体となるΩが消えようとしているのに、何故、αが消えないといえるのですか」

「頭が固いな。望む限りαが有り続けるのならば、Ωも消えないということだ」

翁の顔がますます険しくなるが、シャーマンは口を動かし続けた。

「Ωは隠れている可能性が非常に高い。潜在的なΩはまだいる筈なんだ」

「検査に引っかからないΩがいると」

「αがΩを守らないからね。βにとっては面白くないけれど、自分達の子孫を残すΩを、αは守ろうとしない。ならΩは自分の身は自分で守らなくてはならないと存在を隠すという手段を取り始めている。後数百年後にはΩは絶滅危惧種となっているだろう、皆が恐れるΩの消失だ。けれどβが望み、αがそれを叶えようとする限りΩが本当の消失をする日は来ない」

「御託は分かりました。αはΩを守ろうと行動に出ていないと?」

「そうだといっている。αにとって自分達を崇拝するβが切り離せない存在となっていて、βがそれを望むからαはαたろうとするんだ」

「……ではどうすれば良い?」

問えば、シャーマンは肩を竦める。

「どこぞの王様がΩとの間に子でも作れば、多少は意識が変わるかもしれないけれど」

「ふむ。産んでくれるだろうか」

顎に指を当てて視線を逸らし、悩むふりをする。その姿に、シャーマンが笑い、翁はバツが悪そうな顔になった。

「寝太郎の王様は《番》に逃げられていると聞いている。せっかく、良い子を見繕って来たのに」

「何故、あの方なのですか」

苦々しくそういった翁に、白鷺は笑みを浮かべた。
何故、金魚と呼んだΩなのか。それは誰にも分からない、まさしく『神のみぞ知る』ことだ。
彼等βには面白くないことだろう。贄として差し出されたΩは地味で平凡で、この期間中に白鷺が目覚めたらと危惧していたことも知っている。しかも目覚めた途端、そのΩにご執心となれば、面白くもないだろう。
けれど、理屈ではないのだ。
運命の番に出会った瞬間、白鷺は驚嘆し、そして神に感謝をした。
こんな奇跡があるだろうか。何百年と生きて来て(大半は眠っているが)確率のうんっと低い運命の番に出会えるとは、このタイミングで目覚めた奇跡に感謝した。なかなか上手く関係は進まないが。

「金魚は可愛らしい。けれど私が頼りないせいで、毎日が辛そうだ」

「王君が頼りないなどと!」

「頼りないよ。笑わせることすら出来ない」

そうだ。あの子の笑った顔を見たことがない。何時も困ったような、いいたいことを堪えた悲しい顔しか浮かべない。そのくせ、少し触れ合うだけで顔を赤くし、別れる時は寂しそうな顔を浮かべるのだ。
悲しみを晴らすことは出来ないのかと尋ねたら、出来ないと首を振られ、悲しいのならばいって欲しいと頼めば断られ。
どうすれば笑ってくれるのだろう。その小さな胸の内に仕舞いこんだ言葉を引き出せるのだろう。

「あの子だけだ、私をこんな悩ませるのは。その悩みすら愛おしい」

「もう無理矢理にでも《番》になったらどうですか」

「嫌だ」

それはいけない。怯えながら拒絶した金魚だ、無理矢理にでも項を噛めば世を儚んで手の届かない所に逝ってしまうかもしれない。
シャーマンが肩を竦めた。

「諦めて新しい恋を探すとか」

「Ωと?私の勝手で集めたが、心動かされるΩはいそうにない」

「ふーん」

「王君、その資料には組み込んでおりませんがこの方もいらしております」

そういって翁が折り畳んだ紙を懐から出す。
それを受け取り中を検めた白鷺は、黒檀の瞳を丸くした。

「この子は……」

「誰です?」

覗き込んだシャーマンも目を丸くするのは、見なくても分かった。

「……翁、この子を呼び寄せてくれ。それから、金魚には明日は会えなくなったと連絡を」

「畏まりました」

「会えるのが楽しみだ」

そういった白鷺は、ひとりのΩの写真に笑みを浮かべたのだった。

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