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金魚の恋と白鷺の愛3

短編小説
ファンタジー
BL オリジナル
2017年08月14日 00:40 公開
1ページ(10000文字)
完結 | しおり数 0


空原きいち

表紙提供:by Exact
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△オメガバースです△


王聖宮。海の上の小さなその場所に眠るαの中のαが長い眠りから覚める時、世界には束の間の平和が訪れる。
Ωのコウは世界が王を繋ぎ止める為に差し出された贄だった。
そんなコウとαの王のおはなしです。




http://mecuru.jp/novel/21783
http://mecuru.jp/novel/21815
の続き
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*******

日差しを浴び、風にふわりと揺れる赤毛。白い肌に空を閉じ込めた碧眼。目の前に立つ少年に、白鷺は笑みを深める。
従者に付き従われ物珍しそうに王聖宮の内装を見ていた少年は、白鷺が現れると畏まったように頬を赤くして姿勢を正す。

「遠路はるばる、王聖宮へようこそ」

そういって手を差し出せば、少年は緊張に表情を強張らせながら握手を返す。

「君の名はエリックだったね」

「は、はい。エリック=アシュリーです、王様。お会い出来て光栄です!」

「こちらこそ」

少年、エリックの従者とも挨拶を済ませ、連れ立って応接室に入る。そこでは既にお茶やお菓子など準備がされていて、エリックが感心したように小さな声を上げた。
ソファーに座り彼の母国名産である紅茶に舌鼓を打つ。

「君のおじい様は」

「祖父は先月、亡くなりました。何れ平和王がお目覚めになられる日を楽しみにしていましたが、お会いすることは叶わず」

「そう。月日の流れは残酷だ。私は古い友人の死すら悼むことが出来ない」

「祖父も分かっていたと思います。もしも自分が亡くなり、僕が王にお会いすることがあればと多くのお話を聞かせてもらいました」

「そうか。なら、私の用件は分かっているんだね」

「はい。その件を、とても楽しみにしていました」

「ふふ。今夜は楽しい時間が過ごせそうだ」

口に手を当てて笑った白鷺に、エリックも顔を輝かせる。
その日、時計の針が真上に近付くまで、応接室から談笑の声が途切れることはなかった。


*******


来ない日を覚悟していた。
今日が最後かもしれない。今が最後かもしれない。だから僕は白鷺様の姿を目に焼き付けて、お話も耳を澄ませて声を覚えた。

『本日、王君はいらっしゃいません』

そういった官吏に、僕は頷くことしか出来なかった。
致し方ない。白鷺様はお忙しいのだから。だけど。

『Ωの客人を呼ばれたので、暫くはいらっしゃらないでしょう』

その言葉に、胸が痛んだ。
そのお客様は白鷺様自らが呼び寄せた方で、お知り合いらしい。赤髪でΩだけどとても可愛らしく、大事にされていたからか明るく世を恨んでない。
迫害も侮蔑や抑圧もなく、βの家庭でβと同じように育てられたって。王聖宮にいらっしゃるくらいだから、Ωとしても優秀なのだろう。
白鷺様も、彼を気に入っていると女官達がわざと僕に聞こえるようにいっていた。
僕よりもお客様のΩが贄だったら良かったのにって。
ピチチと鳴いた小鳥が木漏れ日の絨毯に舞い降りる。
中庭のベンチに座り風を感じていた僕は、その姿に視線をやった。少し離れた場所では武人達が黙したまま立っていて、葉擦れの音以外は静かだった中庭で、小鳥は新鮮だ。
今日は、何時もの装いではなく、白い着物に若葉色の羽織で、金魚とは程遠い。このまま、木陰に混じって消えてしまっても誰も気が付かないだろうな。そんなことを思っていたら「金魚?」と声がかけられた。
見れば白鷺様がいて、その傍らには赤毛の少年が立っている。見慣れない彼は、きっとΩのお客様だ。
立ち上がった僕は頭を下げる。

「驚いた、今日は尾鰭はどうしたんだい?」

近寄って来た白鷺様が聞いてくる。突然の来訪者に小鳥が小さく鳴いて飛び立った。それを見送り、白鷺様に向かい直る。

「何時もの装いも良いけれど、今日の着物も新鮮で良いね」

そういって笑みを浮かべる白鷺様は、思い出したように赤毛の少年を呼び寄せた。

「エリックというんだ。私の古い友人のお孫さん」

「はじめまして」

手を差し出して握手を求めるエリックさんに、僕は応える気になれなくて、いけないことだと分かっているけど頭を下げただけで返した。
困惑するエリックさんに、白鷺様は困ったように笑う。

「シャイなんだ、ごめんね」

「いいえ!僕も馴れ馴れしくて。贄のΩのことは存じていましたが、僕の祖国も同じ島国なんです。といっても距離はあるんですけど」

「そういえばそうだったね」

「こうしてお会い出来るとは、光栄です。金魚さん、よろしくお願いします!」

……どうしてこの人が僕のことを金魚と呼ぶのだろう?
白鷺様が僕を呼ぶ特別な名前ではなかったのだろうか。
複雑な思いになったけれど、次の瞬間、それはもっと深い絶望へ落とされることになる。

「白鷺様のご紹介を機に仲良くさせて頂ければ幸いなのですが」

「ふふ。金魚は良い子だから」

呼吸が止まったのかと思った。
僕を金魚と呼ぶことだけではない、白鷺様を呼ぶ名前だって特別なことだと思った。特別だから、名前を頂戴といったのに、エリックさんには平気で呼ばせる。
白鷺様にとって僕が呼ぶ名前はもう特別ではないのだろうか。
……エリックさんに同じ特別をあげたのだろうか。
白鷺様が僕を見て小首を傾げる。

「金魚?顔色が悪い、体が冷えたのではないか?」

「……申し訳ございません」

自分でも驚く程、平坦な声が出た。

「謝ることはないだろう」

体が悪いのならば休むようにいった白鷺様に、頭を下げて部屋に向かう。
扉を閉めて、鍵をかけて、ひとりきりになった部屋で力が抜けたように床に座り込む。
エリックさんは白鷺様に敵わないけれど華麗な容姿で、彼が隣に並べば世界中の人が納得をするだろう。僕なんかよりもうんと歓迎されただろうな。
子供はどちらに似るのだろうか。αとΩの子供はαとなる。もしかしたら次の平和王になるかもしれない。
良いな。そこに僕の血を混ぜてはいけないのだ。優秀なαには、優秀なΩが相応しいのだから。
そっと項に手を添える。
――噛まれなくて良かった。《番》にならなくて良かった。
白鷺様の、平和王の枷になってはいけないのだから。


どれくらいそうしていただろう。
不意に扉がノックされて、緩慢な動きで振り返る。室内は薄暗く、もう夜になろうとしているのが分かった。
女官が夕食を持って来たのだろうか。それとも、誰か来たのだろうか。きちんと応対しなくてはいけないと分かっているけれど、声を出すのも億劫で、無視をしても誰も気にしないだろうと応えることをやめる。
二度三度とノックはされるけど、向こうも諦めたのか扉の外は静かになった。
僕は視線を薄暗い窓の外に向ける。

「もしもーし」

静かな部屋に響いたのは間抜けた聞き覚えのある声だ。
驚いていると、扉の外からまた「もしもし?もしもーし!」と声がかかる。
僕は重い腰を上げて鍵と扉を開けた。そこには武人達を背に王聖宮のシャーマンが立っていて、毛先の白い緑色の髪にTシャツ短パンとこの場所にそぐわない格好をしていた。

「やっぱりいた!居留守なんて初めてだよ」

そういいながら、シャーマンは中に入って来て、ソファーを陣取る。
困惑して隊長さんを見れば、小さく首を振られた。この方とは僕のいた村でしか会ったことがないけれど、随分と自由な性格をしているらしい。
僕は困惑しながら椅子に座る。

「暗い!電気は!?」

「あ、……ごめんなさい、電球が切れていて」

「はぁ?だったら直ぐに替えないと。何時、切れたの?」

「わ、からないです……ごめんなさい」

「……はぁ。王君は気が付かなかったの」

夕食も日がある内に食べるし、光源にとランプを持って来られる。それを、平和王は「趣があって良いね」とか「落ち着いて食べられる」っていうのだ。僕ももう慣れてしまって(ひとりきりの時はランプはないけど)明かりはいらないと思っていた。
シャーマンはぶつぶつと口の中で文句を並べた後、胡座をかく。

「もっと欲しい物とかやって欲しいこととかいわないと。幾ら君が世界中から嫌われて疎まれているΩでも、要望を無視するなんてことは出来ないからね」

「……」

分かっていても、世界中から嫌われ疎まれているといわれると胸に来る物がある。
僕は膝の上で手を握り締めた。

「……大丈夫、です……もう、必要ないですし……」

そうだ。平和王がここに来ることも、一緒に夕飯を食べることもない。ひとりきりになって、明かりが早急に必要になることなんてもうないだろう。
それに、エリックさんが正式に《番》となれば、僕はここにいられないだろうし。

「……ごめんなさい、折角、選んで頂いたのに駄目な贄で」

少しでも平和王を楽しませることが出来たのなら良いのだけど。あの方は優しいから、僕に都合の良い言葉をかけてくれる。だけど、それももう僕は貰えないだろう。
シャーマンは肘をついた。

「君は、王君の運命だよ」

「それはありえません」

僕は、あの方に相応しくないのだから。
だけど、もしも仮に、僕が運命ならば、とても嬉しいな。幸せだろうな。

「……思うに君は、自己評価が低いと見た」

「え」

シャーマンはひとりで納得したようで何度も頷く。
僕をいわれた意味を考え、それから膝の上で手を強く握り締めた。
自己評価が低いだって?そんなの、仕方がないじゃないか!Ωは虐げられ、蔑まれ、社会的地位も低く僕の祖国だって保護という名の隔離をしていたんだ。それを逃れたΩだってその大半は酷い生活を強いられている。エリックさんのような恵まれたΩは稀なんだ。

「βには分からない……!」

「そうだね。君のように自己評価が低い訳でもそれを生まれのせいにしている訳でもないから」

どうしてこの人はこうも癪に障るようなことをいうのだろう。
唇を噛み締めて堪えていると、シャーマンは嘆息した。

「平和王も苦労するだろうね」

「……っ、あの方には、エリックさんがお似合いです」

「幾らαの中の王だからって、番持ちを番には出来ないだろうね」

「そんなこと……え?」

エリックさんには《番》がいる?
目を丸くした僕に、シャーマンは意地が悪そうな笑みを浮かべた。その手が短パンのポケットを漁り、一枚の写真を出す。
そこにはエリックさんと、壮年の男性が教会の前で並んで写っていた。お互いに白い服を着て、エリックさんは白い花束を持っていて、とても幸せそうな笑みを浮かべている。合成ではない、本物で、日付は今年の初めだ。
エリックさんは《番》がいる?《番》がいるのに、何故、ここに来て平和王と仲睦まじくいるのだろう。
僕の目でいいたいことが分かったのか、シャーマンは説明をしてくれた。

「前回、四十二年前に平和王が起きた時に、贄に差し出されたΩがいた。それがエリック殿の大伯父殿だったんだよ。その話で盛り上がってね」

「そう、ですか」

そうか。僕よりも前に平和王に差し出されている贄はいる。確か、この四十二年で僕の前にひとりいて、その方が亡くなられたとのことで僕が選ばれたのだ。
四十二年前ならその方の前で、記憶を探っていると古い新聞に一枚だけ当時のΩが写っていたのを見たことがあると思い出した。白黒の写真で、古いからその顔ははっきりとは見えなかったけれど。

「その方は運命では」

「ない。運命の番というのは一生の内に会えるか会えないかってくらい稀で、平和王の永い一生の中でも出会えるのはとても低い可能性だったんだ」

「でも、僕は」

「運命が信じられないのは仕方がないにしても、平和王を疑うのは控えてあげてくれないかな。あの方はああ見えてとても打たれ弱い」

「え?」

「あ、それと!王聖宮でもちょっと不穏なことが起こっているみたいだから気を付けるんだ。剣達は王自らが君を守るように命じているけれど、必ず側に置くように」

指を突き出してそう締め括ったシャーマンは、予告もなく立ち上がると部屋を出て行った。
唖然としていた僕は、無意識に項を押さえる。
シャーマンは僕を運命だといった。それは信じられないし、言葉通りの自己評価が低いことは直らない。直すことが出来る自信もない。
それに、平和王が打たれ弱いというのも信じられなかった。だけど、それを目の当たりにしたのは翌日で。
僕の目の前に立つ平和王は目を大きく見開き固まっていた。朝、ご飯を食べている時にいらした平和王に「おはようございます、平和王」といっただけなのに。

「あの、何か失礼なことを?」

恐る恐ると問えば、平和王は口を開閉した後に、口端を引き攣らせた。

「金魚、拗ねている?」

「別に……あの、やはり何か失礼なことをいってしまいましたか?」

謝ろうとしたら、平和王は僕の肩を強く掴んだ。その痛みと、目の前にある強張った顔に困惑してしまう。

「エリックのことを怒っているの?やましいことはしていないし、彼は旧知の友人の孫で」

「存じています。昨日、シャーマンからお伺いしました」

「ならば何故」

「平和王?」

「貴方の付けてくれた名前で呼んでくれないのですか?」

「ぁ」

そうか、僕からの特別がなくなったから様子がおかしいのか。
だけどエリックさんに呼んでもらえるのなら、幾ら彼が《番》を持っていてもいらないのではないだろうか。
どうしたら良いのかと視線を逸らして考えていたら、平和王が僕を強く抱き締めて来た。驚きに息を飲んで固まってしまう。

「金魚、お願い」

「エリックさんが」

エリックさんが僕を金魚と呼び、平和王を白鷺様と呼んだ。それが、僕は悲しかった。

「特別だと、仰ったから」

僕が呼ぶ特別な名前が欲しいといっていて、同じように金魚と呼んでくれたからそれが特別だと思っていた。
だけど、エリックさんがそれを呼ぶのなら、もう特別ではないのだと。僕からの特別はいらないのだと。そう思ったのに。
平和王が抱き締める腕に力を込めた。まるで、逃がさまいとするかのようで。

「貴方が特別だ。運命だ。本当は項を噛んで私だけの物にしたい」

「僕は運命じゃ」

「運命だ。金魚、どうか信じて。私は貴方を傷付けたくないし嫌なことはしたくない。だから項を噛まないし、貴方の準備が出来るのを待つ。だけど逃げるというのなら。

指先が項を触った瞬間、背筋を甘い痺れが駆け抜けて膝から力が抜ける。
鼻につく芳香に、視界がくらりとする。項を触れる指は何度も優しく撫でて、吐息すら甘く肌を擽った。

「っん……ゃ…っ」

「貴方を閉じ込めてしまうこともやぶさかではない」

「ぁ」

耳朶が食まれる。そのまま熱い舌が耳を舐めると、僕は堪らず平和王に凭れた。僕を軽々と抱き上げた平和王はベッドに向かった。



「これを作らせたんだ」

白いシーツの上、僕は平和王に凭れて船を漕ぐ。確か平和王が来たのは朝だったのに、今はもう部屋が茜色に染まっている。
回らない思考の中、カチリという音が首でして、重い瞼を上げる。平和王が鏡を見せて来る。端正な顔と平凡な顔が並ぶ。そして、僕の首には赤い首輪がかかっていた。決して苦しくはない加減で僕の首を飾るそれに、平和王が指を這わせる。

「犬のようで好まないと思ったけれど、項を噛まれないようお守りに」

「僕を《番》にするのは平和王だけ、でしょう?」

「っ」

首輪でも、この方から貰える物はとても嬉しい。けれど、頭が回らなくて。何故か嬉しそうな顔で笑みを浮かべた平和王をもっと見ていたいのに、僕は眠気に負けて目を閉じる。
優しくお腹を叩く手に甘えて眠る間際。

「愛してる、コウ。貴方を伴侶としたい」

「……僕も」

そんな言葉が聞こえて、賛同した僕は完全に意識を手放した。


袖広の白いドレスのような着物。オーガンジーの水面の下では金魚の刺繍が泳ぎ、尾鰭のように赤い帯を胴で結ぶ。
黒い髪には軽くウェーブがかけられて、耳には金魚のイヤリング。どうしてこんなに金魚に塗れているのかというと、朝、一式を平和王から渡されたのだ。金魚といえば金魚だと。どういう理屈かは分からないけれど。
その平和王は真っ白な服だ。肩にかけた袖広の羽織はまるで羽根のよう。白い軍服のような服には金色の鈕が散らばり、白い髪もきちりと纏められている。

「今日は何があるのですか?」

問えば、平和王は柔らかな笑みを浮かべた顔を僕に近付ける。白く冷たい手が僕の手を握り締めて、間近に顔があるから囁くような優しい声で応えてくれた。

「貴方を世界中に見せびらかす日だ」

「え?」

ざっと血の気が引く。
この人は何をいっているのだろう?僕を見せびらかす日?このまま表に出ろというのだろうか。
逃げようとした僕は、それを見越したように強い力で手を握り締められて叶わなくなる。

「や、やだ、僕はここにいたい」

怖い、僕は外に出たくないのだと激しく首を振ると、耳許でイヤリングがしゃらしゃらと音を立てる。
平和王は慈しむように瞳を和らげて、僕の両手を握り締めると額と額を合わせた。

「離してっ!」

「これは私の我儘だ」

「っ」

「金魚が嫌がり、怖がってると分かっていても、私は貴方を世界に見せびらかしたいし自慢したい。私は運命に出会ったのだと。世界が私に運命をくれたのだと」

「……運命なんて……僕じゃない!」

「いいや、貴方が私の運命だ」

嘘だ、運命なんかじゃない!そんなこと、信じられない。
ぽろりと零れた涙を平和王が優しく拭う。

「恐れないで。必ず私が守るから」

「……世界中が、僕を嫌って疎んでいる……貴方を奪ったと」

僕なんかが平和王の側にいることを、しかもその運命を名乗ることを、きっと誰もが許さない。糾弾して、怒るだろう。母国の人ですら、僕がここにいることに納得をしていないのだから。
それに、ここには他にΩが沢山、集められたのだ。僕でなくても良い筈だ。
平和王は嫌がる僕を抱き締めて、背中を撫でる。

「世界が何といおうが構わないで。私の言葉だけを聞いていれば良いのだから」

耳許で吐息混じりに囁かれて、僕は「狡い」と零してしまう。
だって、僕はこれが弱いのだ。うだうだと悩んだり考えたりするのに、頭の中に入らなくなる。
くつくつと喉を鳴らした平和王は、僕の腰を抱き上げるとその場でくるりと回る。咄嗟のことに悲鳴をあげて抱きつけば、何が楽しいのかまた笑った。

「狡いよ。私は貴方を閉じ込める為に何だってするだろう。弱いと分かっていることも平気でやる」

「……打たれ弱いなんて、嘘」

「いいや、弱いよ。昨夜は金魚がこのまま逃げてしまうのではないかと不安で眠れなくて、剣達に寝ずの番を増やすよう命じてしまった」

「え」

「それでも不安で、私も金魚の部屋の前で右往左往してしまったんだ」

そんな、嘘だ。平和王がそんなことをする筈がない。
瞬きの回数を増やした僕に、平和王は初めて情けない顔で浮かべた笑みを見せてくれた。この顔はきっと誰も見たことがないのだろう。もしかしたら歴代の贄は見たことがあるのかもしれないけれど。
冷たい手が僕の頬を包む。親指が目許を擦った。

「何度も部屋に忍び込んでは、金魚の寝顔を見て、首輪だって確認した。擦れて赤くなったら可哀想だと気が気ではなかった」

似合っていると呟いて、首輪を撫でられる。

「項を噛んでしまえばこんな物はいらないと思ったけれど、似合っているのだから着けていて欲しい」

「……首輪が似合うなんて」

「貴方を思って作ったんだ、似合って当たり前だね。でも、嫌なら外しても構わない。ただし、私のいる所だけだよ」

お遊びだとしても誰かに噛まれたらとてもではないけれど平常でいられない。そういった平和王は僕のことを抱き締めて髪に口付ける。
胸がトクトクと忙しなく鳴る中、ふと、同じように忙しなく鳴る同じ物に気が付いた。身動ぎ平和王の横顔を見つめる。

「心臓が、小鳥のように忙しなく鳴っています」

「当然だ、金魚と出会ってから今日まで鳴り止まないことはなかった」

「気が付かなかった」

「余裕なんてなかった。貴方がいなくなったら、きっと鳴き叫んでぱたりと止まってしまうだろうな」

「……貴方は、何時か僕を置いて行くのでしょう?」

何時かは分からないけれど、平和王は長い眠りに落ちるだろう。それがこの方の宿命なんだ。
平和王は苦笑を浮かべて、「うん」と頷いた。

「だけどね、金魚。置いて行ってしまうのは私ではなく貴方の方だよ。次に目を覚ました時、この世界には貴方はいないのだから」

僕は逡巡した末、平和王の背中に手を這わせる。そっと力を込めて引き寄せると、息を呑む気配の後、僕を抱き締める腕に力が篭った。

「ごめんなさい、金魚。貴方と共に逝くことは出来ないんだ」

「……はい」

「それでも、私は貴方を愛しているし、側にいたい。側にいて欲しい。必ず守るから、私が眠りに落ちた後も必ず守るから、だから世界に怯えず共にいることを誓って」

「……ずっと……は、辛い……僕は、悲しくて、泣いてしまう……けど……」

平和王の肩に顔を埋める。
側にいることは悲しいことばかりだ。世界は僕を許さないし、一生、後ろ指を指されて陰口を叩かれる。誰も彼もが世界から王を奪ったΩと忌み嫌い、後世に名を残すだろう。
誰にも祝福されない。それは悲しくて辛くて、今はまだ平和王が起きているから良いけれど、眠りについた後は苦しい日々が延々と続くのだ。
平和王を疑っている訳ではないけれど、信じるだけの度量も自信も何もない。こんな僕を《番》に持つなんて平和王が可哀想だ。
それでも――。

「貴方に、恋をしました」

ひと目見た瞬間に、僕は平和王に恋をした。一日一日、その想いは強くなった。

「貴方の《番》になれたらどれだけ幸せかと」

「金魚!」

「でも、僕はこんなだし、どうしても世界の声を聞いてしまうから、ずっと泣いてしまう」

「……」

「だからって、それをやめるよう貴方にいわせるのも嫌だ」

それは、平和王が世界を否定することになってしまう。この人に見捨てられたり、怒られたり、否定されたりしたら、きっと誰もが悲しみ嘆くだろう。
そんな思いはさせたくないし、平和王自身が傷付いてしまうからさせられない。

「守ってくれるって、気持ちだけで良いんです」

「金魚」

「それでも、良いでしょうか」

震えた声に、平和王は大きく頷く。
僕は嬉しくなって、頬を緩めた。背中に添えた手に力を込めて、肩に頬擦りをする。

「嬉しい。夢みたい」

こんな幸せで良いのだろうか。僕は、この人の側にいて良いのだろうか。
世界は許さないし、自分にそんな価値も資格もないと思っているけれど、平和王が望んでくれるのなら。
自分に都合が良いように平和王の優しさを利用しているのだと分かっているし、僕以上に喜んでくれる彼のほんの少しの時間を貰う罪悪感にも目を瞑る。見つめるブラウン管のテレビには、抱き締め合う僕達が写っていた。


平和王が僕を連れて公衆の面前に立ったのは初めてのことで、王聖宮に押し寄せる群衆は驚き、落胆し、困惑しながら王の言葉に耳を傾ける。
僕を《番》とすること。ただの《番》ではなく《運命の番》ということ。《運命の番》を差し出したことを、世界中に感謝することを述べ、群衆を更に驚かせた。
マスコミはこぞってこのことを取り上げた。内容は歓迎し祝福する内容ではなく、僕をバッシングする物ばかりで、母国からは鬼のように取次の連絡が来た。聞かなくても内容は分かるだろう。離宮には母国が選んだ優秀なΩも入っているのだから。
公然の場で発表したことに関して、記者会見では翁がマスコミからの詰問に淡々と答えていたし、平和王自身もインタビューに答えた。
僕が迫ったのではないかと勘繰る記者には、「それはない。贄のΩは今も世界を想い身を引こうとしているが、王自らがそれを拒んでいる」と答え驚かせたそうだ。
その話を、僕はエリックさんから聞いた。帰国することになったエリックさんは、また来るといっていた。
今度は僕ともゆっくり話をしたいって。失礼な態度を取った僕にも優しくしてくれる良い人だ。
そのことを思い出しながら中庭のベンチに座る僕は、吹いたそよ風に髪を遊ばせる。少し離れた場所には武人達がいて。
不意に隊長さんが動いた。僕に近付いて来るその視線の先には、飲み物を運んで来る女官がいる。珍しいこともあるものだとその女官を見ていたら、急にお盆を投げ出し走って来た。その手には光る短刀。隊長さんも走り出したけど間に合わない。目を見開いた僕は、激痛が腹部を貫いても逃げることが出来なかった。

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