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勇気を出して

短編小説
恋愛
オリジナル
2017年11月14日 11:14 公開
1ページ(3151文字)
完結 | しおり数 0

彼との出会いは、私に勇気を与えてくれた

落 花枝

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ハッピーエンドを目指しました。

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 古びた木造のドアは、重工な見た目に反してずいぶん軽く、うっかり体重をかけたら、騒がしくドアベルを鳴らしてしまった。
 
 派手な登場をした私に、店内の視線が一斉に集まる。
 
 「いらっしゃいませ。空いているお席へどうぞ」
  
 恥ずかしさのあまり固まっていると、マスターとおぼしきロマンスグレーのジェントルマンが、カウンター越しに優しい笑顔で迎え入れてくれた。
 
 私はペコペコと頭を下げながら、入口傍のひとりがけ座席に腰を落ち着かせた。
 
 
 一息ついて、店内を見渡す。
 
 店の前なら今まで何度も通ってきたのだけれど、中に入るのは初めてだった。
 
 コーヒーハウスあきやま
 
 無人駅の傍の、寂れた商店街の中。両隣をビルに挟まれた、縦長の狭い建物。
 仄暗い空間をガラス傘のオレンジ明かりが淡く照らし、壁には古い映画のポスター、棚にはレトロ感溢れる小物がずらり。
 カウンターには、年季の入った蓄音機。タイトルはわからないけれど、聴き覚えのあるジャズ曲を、温かに奏でている。

 こんな小洒落たところ、普段ならひとりじゃ絶対に入れない。
 
 けれど……今日は特別。
 
 運ばれてきたグラスウォーターをちびちびと口に含みながら、私は、カウンター席の一番奥に座る、意中の彼の無防備な横顔を盗み見た。
 
 長い前髪から覗く切れ長の目。つんと尖った耳に、左目下の泣き黒子。トントンと、曲にあわせてリズムを刻む、細長い指。
 ミステリアスな雰囲気が魅力的。
 
 毎朝駅のホームで出会う、名前も素性も知らない彼に、私は恋をした。
 
 告白しようとか、付き合いたいとか、そこまでは思わない。
 一目姿を見られれば、彼と同じ空気を吸えたなら……。
 それだけで満足だった。
 
 けれど、日を重ねるごとに想いは募り、それなりに欲は出てきた。
 
 彼のこと、もっと知りたい。
 少しでも長く、一緒にいたいーー。
 
 だから、今日は思いきって一歩踏み込んでみることにしたのだ。
 帰りの電車まで一緒になるなんてラッキーなこと、もう二度と無いかもしれないから……。
 
 駅の外まで彼の背中を追いかけて、開けるはずの無かったドアに、手を掛けたのだった。




 店内に漂う、大人の雰囲気にうっとり酔いしれる。
 
 不思議だ。苦手なコーヒーとタバコの匂いさえ、彼と一緒なら素敵に思える。
 
 今なら、飲めるだろうか。
 
 私は彼と同じように、ブラックコーヒーを注文することにした。
 
 「ブレンドコーヒーはいかがですか? うちのは苦味も少なくて飲みやすいですよ」
 
 「じゃあ、それください」
 
 「ご一緒に秋のフルーツタルトもいかがですか? 当店の自信作です」
 
 「えっと、それもお願いします」
 
 聞き慣れない銘柄がずらりと並ぶメニュー表には困り果てたけれど、マスターの助けもあり、何とか注文できた。
 
 カラカラと、豆が流れ落ちる音。ガリガリと、ミルが豆を砕く音……。キッチンから聴こえてくる、色んな音が楽しい。
 
 やがて漂う芳ばしい香り。店内に、一層濃くなるコーヒーの匂い。
 
 ワクワクした。共有しているんだ。彼と一緒に、ティータイムを過ごしているみたい。
 
 幸福な待ち時間だった。




 けれど……
 
 まるで秋晴れの空を曇らせるみたいに、それはいきなり訪れた。
 
 カラン、カラン。
 ドアベルが告げる、新たな来客。

 からし色の丈長スカートを、軽やかに揺らしてまっしぐら。
 美しい彼女は、彼の隣にぴょんと腰掛けた。
 
 心臓が、ドキリと鳴った。
 
 ふたりの肩と肩とが触れて、彼が彼女に微笑みかける。
 甘えるように、彼女は彼にもたれ掛かる……。
 
 恋は人知れず、私の心の中であっけなく散っていった。
 
 そうだよね。
 あんな素敵な人に、恋人がいないはずがない。
 
 胸がぎゅうぎゅう痛む。
 
 でも、ああ……、羨ましいな。
 なんてお似合いのふたりだろう。
 
 ファッション誌で見かける流行りの服を、自然に着こなす彼女と比べると、化粧気のない自分は酷くみずぼらしく思えて……。
 
 一度でも、彼の横に並ぶ妄想をしたことが恥ずかしい。




 「お待たせしました」
 
 傷心しているところに、注文の品が届いた。
 
 とても口にする気分にはなれなかったけれど、残すわけにもいかない。
 
 ジュエリーボックスみたいにキラキラしたフルーツタルト。
 今じゃ、少しもときめかないけれど……。
 甘さと爽やかな風味の力を借りて、少しずつ、苦手なコーヒーを喉に流し込んでいった。
 
 味なんて、よくわからないまま。
 
 
 分量調節ができなくて、タルトの方だけ先に無くなってしまった。
 
 ミルクを足しても、砂糖を足しても、やっぱり、美味しくないものは美味しくない。
 
 冷めたコーヒーは苦味を増して、あと少しが飲みきれない。
 
 もう、いい……。
 
 とにかく早くこの場を立ち去りたくて、席を立とうとした。
 
 その時ーー。
 
 「どうぞ」
 
 視界に小さな白いカップが滑り込んできた。
 驚いてテーブルから顔を上げると、マスターが微笑み佇んでいた。
 
 「頼んでいませんけど」
 
 誰とも話したくなかった私は、八つ当たりするみたいに棘のある言い方をしたのだけれど。
 彼は、嫌な顔ひとつせずに言った。
 
 「学生さん? 朝、お店の前を通っていくでしょう。今日、入って来てくれたことが嬉しくて。
 これはサービスです。もし良かったら、飲んでいって」
 
 お茶目なウインクをひとつ残して、カウンターに戻っていく。

 
 立つに立てなくなってしまった。
 
 思いがけないことに戸惑っていると、カップルが先にお店を出ていった。
 
 これから、デートかな?
 ……さようなら。
 
 ぽつんとひとり、おいてけぼりにされたみたい。寂しさだけが残った。
 
 心にすきま風が吹く。……寒い。

 
 暖を求めて、そっと両手でカップを包み込んだ。
 
 ほんのり温かい。
 
 白いもこもこの泡から、ふんわり甘い香りがして。
 
 気持ちを優しくしてくれるような気がした。
 
 「……おいしい」




 ほろ苦い結果に終わったけれど。
 恋は私に、勇気と素敵な出会い、発見……。たくさんのものを与えてくれた。
 
 二度と来ることはないと思っていたこの店、コーヒーハウスあきやまに、私は今も通い続けている。
 
 あの味が、忘れられなくて……。
 
 ホットミルクに溶かされた、ほんの少しの小豆とコーヒー。
 
 小豆とコーヒーって、意外に合うのね。
 
 マスターが、ブラックを飲めない私のために淹れてくれた特別な一杯は、今ではすっかり店の看板メニューだ。
 
 「お客様の笑顔が見たくてこの仕事やっています。マスターのプライドですよ」
 
 なんとしてでも、うちのコーヒーを美味しいと言わせたかった。
 マスターのブイサインに、笑みが溢れる。
 
 あの時、ドアを開かなかったら、この温かで穏やかな時間は得られなかっただろう。
 
 それに……
 
 「その髪型、似合っていますよ」
 
 「ほんとう? ありがとう!」
 
 自分磨きにも積極的になれた気がする。
 
 毎日がキラキラとして、なんだかとっても楽しいのだ。

 
 
 
 幸福な時間が流れる、お気に入りのこの店で。
 私はやがて、運命の人と巡り合うのだけれどーー。
 
 それはまた、別のお話。
 
 
 
 おわり
 

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