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薄羽の

短編小説
ホラー
オリジナル
2017年11月14日 11:32 公開
1ページ(2881文字)
完結 | しおり数 0

いき過ぎた暇潰し

落 花枝

表紙提供:by 千幸
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自分の姿を重ね、四郎は虫を飼う。
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 吐く息凍る冬の朝。
 生きているのか、死んでいるのか。
 汚らしい床に転がる、一匹の青虫を見つけた。
 潰さぬようにそっとつまみ上げる。
 生きているのを確めたあと、甘藍《かんらん》の葉を敷き詰めた、小さな籠の中へと放り込んだ。
 
 
  やがて青虫は、暖炉の傍で温々《ぬくぬく》と、春を待たず蝶になる。
 羽を広げれば、籠の中は狭かろう。
 外へ出してやっても、蝶は羽を閉じたまま、庭石に留まって微動だにしない。
 
 知らない世界に怯えているのか。
 あまりの寒さに凍えているのかーー。
 
 
  飛んだところで、花も蜜もどこにも無いが。仲間もいない。
 蝶はやがて、孤独の中で死ぬだろう。
 自分の姿を重ねては、残酷な結末に、人知れず心を痛めた。


 
 
 持て余す暇を虫の観察に費やす四郎を見て、気味悪がる者はいても、関わろうとする者はひとりとしていない。
 
 自分はなんの為に生まれてきたのかーー。
 
 長く苦しめられて来た疑問も、いつの間にか消えてなくなった。
 

 十一匹目の蝶を外へ放ったあと、四郎は使用人を連れて、久しぶりに屋敷の外へ出てみることにした。
 何でもいい。
 憂き世を忘れさせてくれる、刺激が欲しかった。


 

 馬車を降りて、賑わう市場の中を歩く。
 面白いものはないか。
 さほど期待もせず、生き生きと動く人の波を、死んだ瞳ですり抜けていった。
 

 「お兄さん、こちらへいらっしゃい」

 ボロ布を身に纏った爺に袖を掴まれ、足を止めた。
 人売と思しきその男は、横に座らせた少女を指差しこう言った。

「この娘を買っておいきなさいよ。面白いものが見れますぞ」
 
 
 人形のような少女だった。
 紫色した無垢な瞳で、こちらをじっと見上げている。

 「なりませぬ」

 無口な使用人が、珍しく咎めてくる。
 言われずとも、端から女などに興味は無い。
 黙って立ち去るつもりだったのだが……。
 
 
  「薄羽《うすばね》の話はご存知ないか?」

 「薄羽?」

 興味深い話に、足を止めてしまった。
 
 
 爺がニタリと笑う。

 「この地に古くから伝わる、大きな虫の化け物のことですじゃ」

 「知らんな」

 「この娘は薄羽の幼虫ですぞ。

あと五日もすれば蛹《さなぎ》になり、満月の夜には成虫になりましょう。

さあ、騙されたと思って。

立花家の四郎坊ちゃま、貴方だから、特別に勧めているのです」
 
 
 人に名を呼ばれたのは久し振りだった。悪い気はしない。
 迷信じみた話はとても信じられないが、騙されている間は、暇つぶしくらいにはなるだろう。
 金もあったので、少女を買うことにした。
 胡散臭いと、使用人が何度も止めてきたが、取り合わなかった。


 
 
 四郎の父親が、四郎を躾ける為に造らせた座敷牢。それを籠にして、少女を飼うことにした。

 四郎と目を合わせるものは、とうとう居なくなった。

 父親は特に興味も無いようで、何も言っては来なかった。




 「名前は?」

 「……」

 言葉を知らないのか、声が出ないのか。少女は一言も喋らない。
 問いかけには、のろい動作で首を傾げるばかり。
 感情も無いのか。綺麗な着物を着せても笑わず、ひっ叩こうが、泣きもしない。
 心を病んでいるのだろうか。
 


 
 少女が何かに興味を示すことはなかったが、唯一食事には、凄まじい執着を見せた。
 手掴みで、一心不乱に皿の中身へ喰らい付く姿はまるで、青虫と同じだ。
 人と接する感覚は薄れ、いつもの虫を観察する気分に浸る。
 若く美しい娘。一体、どんな醜い姿へと変貌を遂げるのか……。


 
 
  何を語りかけても、ただじっと目を見つめて来るだけの少女。
 それは静かに耳を傾け、共感してくれているようでもあり、四郎の心の穴を埋めていく。
 四郎がすっかり心囚われるまで、それほど時間は掛からなかった。




  月が綺麗な夜が続くと、少女は格子窓に張り付いて、食い入るようにその景色を眺めるようになった。
 四郎は、青白い光に照らされる美しい横顔を、じっと眺める。
 そんな日が何日も続いた。
 同じ籠の中。
 少女から、離れられなくなっていた。
 日に日に美しさを増すその姿に、何かが起こる予感がしていた。


 
 
 満月の夜を三日後に控えて、異変は訪れた。
 月にばかり夢中だった少女が、四郎に目を移したのだ。
 こんなことは、今まで一度も無かったのに。ことある毎に、四郎の身体に触れようとしてくる。
 まるで、女が男を誘うように……。
 
 
 頬を両手で包まれ、熱っぽい視線を向けられると、いよいよ我慢ができなくなる。
 四郎は少女の青白く華奢な肢体に喰らい付くと、欲望のままに貪った。
 初めて聞いた少女の声は甘く、心地良く、耳を擽った。


 
 
 翌朝。
 近くに少女の姿が見えず、探すと、籠の角に繭が出来ていた。
 
 
 白い繭はやがて、茶褐色の蛹へと姿を変えた。
 時折大きなうねりを上げる蛹。
 得体の知れない生命の蠢きに、言い表しようの無い高揚感を覚える。
 こんな気持ちは初めてだ。
 恐怖か、期待か、もう何もわからない。
 四郎は正気を失っていた。
 
 
 蛹は肥大を続け、胎動を激しくさせていく。
 
 もうすぐ、もうすぐだ。
 
 異変に気づいた屋敷の人間が、蛹を破壊しようと何人もやって来たが、
 その度にピストルで胸を打ち抜き、庭に埋めてしまった。




 ついにやって来た満月の夜。
 父親が異変に気づいた頃にはもう、何もかもが手遅れだった。
 

 無慈悲に放たれた火。
 燃え広がる炎の中で、四郎はうっとりと、蛹のひび割れを眺めていた。
 

 成虫がついに頭を覗かせた時、四郎の心は、ようやく重りから解き放たれた。
 この時が来るのを、ずっと、ずっと待っていた……。
 
 
  さあ、壊しておくれ。

 嫌いなカゾクも、この村も、

 全て、全て、何もかも。

 籠を壊して、僕を自由にしておくれ。
 
 
 殻を完全に突き破り、脚まで露わにした成虫は、一気に身体の全てを晒し出す。
 萎んだ羽はやがて大きく開き、揺らめく炎の中で、微かな煌めきを見せた。
 薄い、薄いその羽は、赤橙色を纏い、大きな音を立てて空気を震わす。

 
  薄羽は、四郎目掛けて飛んでくる。
 それを見て、四郎は微笑んだ。

 願いを叶えてくれるなら、僕は喜んでお前の養分になろう。

 薄羽は口を大きく開き、頭から四郎を貪り喰った。


 
 
 一度の食事で飛び回る力を得た薄羽は、
 数十の卵を産む力を得るために、
 一夜で村中の人間を食べ尽くした。


 
 
 静まり返った村の中から、山奥に消えていく薄羽を見送って、爺は笑った。

「さて、次の餌場は何処にしようか」

 爺の紫色の瞳が、ぎょろりと光った。
 


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