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ハルジオン、ヒメジョオン

短編小説
ホラー
オリジナル
2017年11月16日 18:58 公開
1ページ(5003文字)
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もう一度、あなたに会いたい

落 花枝

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テーマは「喪の時間」
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朝は霧深き山奥。
誰ひとりその端を見たことがないという、水面に星々の瞬き写し、淡き光漂う逢瀬川。

そのほとりに、かつて数多の人が、奇跡の再会に涙を流した村がある。
 

ーーヒメカ。
もう一度、あなたに会いたい。

 
 
 
 目の前で次々と家財が打ち壊されていくにも関わらず、私が手に持つ鉈を振り下ろせずにいたのは、それが、愛する妹を象ったものであったからだ。

ーーこんなはずではなかった。

「ヒメカ……」

名前を呼んでみても、返事は無い。

言葉にならない叫びを上げて乱れる彼女を、私は傍で呆然と見ていることしかできなかった。
 
 
 私の双子の妹、津村ヒメカは三年前、流行病に肺を冒されあっけなく死んでしまった。

たった十五歳という若さでーー。

彼女の死は私にとって、体の一部を亡くすのと同じだった。

何をするにも、何処へ行くにも、ずっとずっと、一緒だったから。


 どうして、私ではなく彼女だったのだろう。

根暗で地味で、なんの取り柄も無い私が生き残るよりも、お日様みたいに明るくて優しい、優等生のヒメカがいてくれた方が、父母も友達も皆、ずっとずっと嬉しかったはずだ。


「ごめんなさい……」


私なんかが生き残って。私ばっかり生き残って……。
 
 
 ヒメカの笑顔に照らされて皆が元気でいたように、私も彼女に随分と支えられてきた。

引っ込み思案の背中をぽん、と押してくれる、心強い味方が突然居なくなってしまって、不安で寂しくて、どうしようもない。

まるで、体の中が空っぽになってしまったみたいだ。風に吹かれたら、そのまま飛んでいってしまうかも知れない。

心に空いた大きな穴は埋まらない。

萎んで、俯いて、立ち上がれない。

しっかりと地を踏みしめて、歩いていく勇気が、自信が、持てないでいる。

あの日から未だ、時間は止まったままだ。

 
 
 「ねえ、ハルカ。私のことは忘れていいよ。前を向いて、私の分まで生きてね」


私の目を真っ直ぐに見つめてそう言ったヒメカの、精一杯の笑顔が切なくて……忘れられない。 
 
 本当は、どんな気持ちでいたのだろう。辛い気持ちを押し隠して、折れそうな心を奮い立たせて、彼女は私を励ましてくれた。
 

 それなのに私は、彼女に会いたくて会いたくて、どうしようもなくてーー。

彼女の思いを踏み躙り、禁じられた人形を作ってしまったのである。

 
 
 今、私が暮らしている恋衣村には、古くからの言い伝えがある。

この村で人形を作れば、死した想い人の魂が宿るというものだ。

もともと人形作りが趣味であった私は、その話を聞いて居ても立ってもいられず、故郷を飛び出しこの村へやってきたのである。

過疎化した村は、若者である私を快く迎え入れてくれた。

けれど……、

一昔前には、噂を聞き付けた人々が村に集い、亡き想い人との再会に涙を流したと聞くのに。今ではなぜか、人形を作ること自体が禁じられてしまっていたのである。
 
 
 三十年ほど前に起きた惨劇が、りゆうなのだと村人は語る。

なんでも、何かの間違いで人形に悪霊が宿り、村人に次々と斬りかかったのだとか……。

どうにか人形は破壊したものの、その頃には村中血の海で、わずかな生き残りがその日のうちに、村にある人形という人形すべてを焼き払ってしまった。

二度と同じ悲劇を繰り返さないためにーー。
 
 
 そんな話を思い出し、血の気が引いていく。

私はきっと、とんでもないことをしてしまったのだ。


 家財のほとんどを破壊してしまった人形が動きを止めて、虚ろな目でこちらを見つめてくる。


ああ……。


およそ二年間、毎日のように時間をかけて、じっくり精巧に作り上げた人形である。

その姿は、ヒメカに生き写しだ。

視線が交わった瞬間、愛しい人が目の前に戻ってきてくれたような錯覚に陥る。

けれどそんな甘い幻想も、すぐに無残に打ち砕かれてしまう。
 
 
 「愚か者。こんなものを作ったって、ヒメカは帰ってこないんだよ」


人形は、明らかにヒメカのものとは異なる、男のような低い声で喋り始めた。


そんな……。こんなことって……。


どうにか声を絞り出し、私は人形に問うてみた。

「あなたは、誰なの……?」

人形は、にたりと笑い、答えた。

「鬼だよ」
 
 鬼を名乗る人形は、狂ったように笑う。

私は、震えが止まらなかった。

「まったく人間てのは、つくづく愚かな生き物だね。まあ、お蔭でこっちは、好き放題暴れられるわけだ」

人形の目が、床に転がるあるものを捕えた。

それに気がつき、慌てて先に奪おうとしたが、遅れをとった。

「ちょうどいいものがあるじゃないか」
 
 それは私の、護身用の小刀。

人形は小刀を鞘から抜き出すと、白く光る刃を、つつと、ひとなめして見せた。

「さて、どうしようか? この村の連中を一人残らず斬り刻んでやるのも面白そうだ」

「やめて……!」

「全部お前が悪いんだよ。考え無しに、こんなおいたをするから……」

人形は、精密に作られた自分の手を天に翳し、うっとりと微笑む。

「ヒメカ……!」

「ヒメカはもう居ない!」

小刀の刃先が、私に向けられる。
 
 
 「まずはお前からだ。嫌なら逃げるか、私を止めてごらん!」

私は力の抜けた腰をどうにか持ち上げると、間一髪、振り下ろされる刃から逃れた。

「やめて、やめて……!」

再び振り下ろされた刃から逃れたところで、足をもつれさせてしまう。

そのまま前のめりに倒れ込んでしまった。


 その時、床に放り出された鉈に気がついた。 
   
 私は無我夢中にそれを手に取って、自分を守るようにして構えたのだった。

「あはは、それで私を壊そうと言うの? 面白いね。やってごらん」

人形はあっさりと小刀を手放し、両腕を広げて余裕を見せつけて来た。

遊ばれてしまっているのだと思った。


 けれど、今なら反撃ができる。

でも……。

「どうした? 壊せないのかい?」

ヒメカそっくりの人形に鉈を振り下ろすなど、やはりどうしても躊躇われた。

震えるばかりの私に、人形は吐き捨てるように言う。

「この意気地無し!」

そして背を向けると、扉の方へと行ってしまった。
 
 「お前のせいで村人たちが次々と斬り刻まれていく様子を、よおく見ておくんだね」

駄目だ。
駄目だこのままでは。
なんとかしないと……。

私の我儘と軽率な行いのせいで、村人の命を危険に晒してしまう。



 ヒメカはきっと、泣いているだろう。

虫一匹殺せない心優しい子だった。

自分と同じ姿をした人形が人を殺すなんて、どんなに辛く悲しく思うことだろう。
 
 
 ーー覚悟を決めろ。
 
 自分を奮い立たせた。

なんの罪も無い村人達まで、巻き込むわけにはいかない。

あれはヒメカじゃない。彼女はもう、いないんだ……!

そう言い聞かせ、勇気を振り絞って人形に立ち向かっていった。

「うわああああああぁぁぁ!!!」

人形が振り返る。

愛しい顔と、再び視線がぶつかる。

けれど、私は手を止めなかった。

二度と躊躇うことが無いように、人形の頭めがけて、一気に鉈を振り下ろした。
 
 
 「ぎゃあっ!」


短い悲鳴と共に人形の顔が割られ、ぼろぼろと崩れ始めた。

ーー怯まない!

続けて、胴体にも一撃与えた。

人形の体は歪み、その場によろめいた。


もう一度……!


これがトドメと、私は再び、鉈を振りかざす。


その時だったーー。
 
 
 「ハルカ、ごめんね」

人形は、確かにそう言った。

その一言だけを残して、跡形もなく崩れ落ちてしまったのである。

そんな、まさか……。

粉々になった欠片から、いくつもの淡い光が生まれ、浮かんでは泡のように消えていくーー。


その様子を最後まで見届けた後、私はへなへなと、その場に崩れ落ちてしまった。


あれは、まぎれもなくヒメカの声だった。
 
酷いことをしてしまった。

死別して私も辛い思いをしたが、死んだヒメカだって、もちろん辛かったはずなのだ。

ーーいや、彼女は私以上に苦しんだのかも知れない。

それでも彼女は、死後も私を気遣い、自ら悪役になってまで、私の背中を押してくれたのだ。

どこまで優しいのだろう……。それに比べて、私は愚かだ。

自分勝手で、彼女を二重にも三重にも苦しめた。
 
私の罪は重い。

人形を壊した時、痛みは無かっただろうか。

無かったとしても、辛かったろう、怖かったろう……。
 
 
 あの後、騒ぎに気がつき駆けつけた隣家の女性が、村からこっそり私を逃してくれた。

そうでなかったら今頃は、どんな責を負わされていたことだろう。


「二度とこんな馬鹿な真似をするんじゃないよ!」

女性から掛けられた最後の言葉は、ぐさりと胸に突き刺さった。

私は、己の浅はかさを深く深く反省した。



 草履も履かず、暗がりの中をその身一つで故郷へ帰った。

本当に、殺されるかと思った。

奇妙な体験をしたばかりだったからだろうか。不思議と怖くはなかったけれど、涙が止まらなかったーー。
 
 
 
 黙って飛び出し、便りも出さずに何年も戻らなかったのだ。

かなり気が引けたが、かといって他に行くあても無く、私は恥を忍んで、実家の戸を叩いた。


 何も言わず、何も聞かず、当たり前のように迎え入れてくれた母。

しっかりしなさいと、厳しく叱ってくれた父。

私は、こんなにもひとの思いやりに包まれて生きてきたのだと、今更気づく。

ーーごめんなさい。

自分のことばかりになってしまっていたことに対する申し訳ない気持ちや、自分を恥ずかしく思う気持ち。

それと一緒に、何か温かい力が、冷え切った身体の底から湧いてくるような気がした。
 
 

悲しみは簡単には癒えないけれど、周囲の支えもあり、私の生活は、少しずつ落ち着きを取り戻していった。
 
 
 
 進んで外へ出るようになった。

気分転換に、伸ばし続けていた髪を切ってみた。

近々、働きにも出る予定でいる。これから、忙しくなることだろう。

 

 町外れに建つ紡績工場へ、面接に行った帰り道。

私は、今までずっと行く気になれずにいた、墓参りへ行こうと思い立った。

 途中、道端に野花を見つけた。

細長い身体に、綿毛の様な小さな花弁と、蕾をいくつもつけている。可憐な花だ。

ヒメカに見せたいと思い、一本手折った。
 
 
 墓石に刻まれた、ヒメカの名前を指でなぞる。

彼女が死んだという現実を、改めて突き付けられたような、そんな気がしてくる。
 


 彼女の魂は、もうここにはないのかも知れない。

けれど私は、そこにヒメカが立っているつもりで、花を手向けた墓前に語りかけてみた。

「ヒメカ、この花、どっちだかわかる? 小さい頃はよく、一緒に当てあいっこして遊んだよね……」

掌を合わせて目を瞑る。

ヒメカの笑顔が、脳裏に浮かんでくるーー。
 
 暖かな風が吹き抜ける。サワサワと、木の葉が揺られる音がする。

気持ちが静かだ。

居ないけれど、此処に居るという、不思議な感覚。

これを繰り返していけば、忙しく日々を過ごせば。少しずつ、彼女の死を受け入れていくことが出来るのだろうかーー?

「それでも私、きっとあなたを忘れない」
 
 共に生きよう。これからも。

ヒメカの存在を傍に感じられて、私は思わず微笑む。

少し、元気になれた気がした。
 

「ーーじゃあ、行くね。ヒメジョオンも咲いた頃、また来るよ」


ごめんなさい。

うまくやっていくなんて、とても言えない。

これから先、懲りずに何度も誤り、立ち止まり、俯くだろう。

けれど……
その度にあなたを思い出して、何度だって立ち上がってみせる。

だから、見守っていてね。

 
 
 決意して、雲一つ無い晴天の空を見上げた。


「私、前を向いて歩いていきます」






終わり


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