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おさるさんと僕の失恋物語

短編小説
ファンタジー
BL オリジナル
2018年04月05日 23:22 公開
1ページ(9997文字)
完結 | しおり数 0


空原きいち

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弥生編《http://mecuru.jp/novel/24665
卯月編《http://mecuru.jp/novel/24878
シリーズ
卯月編で載せた申隊隊長のおはなしです
http://mecuru.jp/novel/24878/page/21





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日ノ本國帝都。この国には古来から化物の脅威に脅かされている。どこから現れるのかも生態も謎のその化物と戦うのは、十二支隊と呼ばれる十二の部隊で構成される組織だ。
それぞれ不思議な力を持つ者が配属されるその部隊の頂点に君臨するのは齢千歳を越える『主』と呼ばれる現人神。噂ではよぼよぼのおばあさんだとも、想像を絶する性別のない人だともいわれている。主は滅多に外に出て来ない。十二支隊本部の奥にあるご自身の部屋から出ることすら稀なのだ。
その十二支隊本部で、僕、善之助は厨房で働いている。家族を化物に殺された僕を助けてくれたのは十二支隊酉隊隊長の酉鳥(ゆうちょう)様。

『貴方は自分で生きられるだけの力を身に付けてきちんと幸せになるの。それが家族への報いで化物への仕返しになるわ』

家族の仇を討ちたい。十二支隊に入りたいといった僕に、酉鳥様はそうおっしゃってくれた。
それから厨房に口をきいてくれて、そこで働けるよう手配もしてくれたのだ。ここで身に付けた技術で何時か自分の店を持つ。それが僕の夢で目標となった。
流石、十二支隊隊長を勤めるだけあって、いいことをいうのだ。うん。
まだまだ下っ端で先輩達に教えを乞いながらこき使われ、技を盗もうと厨房責任者の親方に張り付いては邪魔だと怒られて。そんな毎日を送る。そんな僕にも今、悩みがあるのだ。
陽に翳すときらりと光る銀色の輪。中止で控えめに存在を主張する金色の石が埋め込まれている。そっと左手薬指に嵌めるとぴったりのそれは、所謂『婚約指輪』だそうだ。何故、それを持っているのか?僕が誰かにあげたとか?
――答えは否。これは僕が貰った物だ。しかも相手は。

「何じゃぁ?おらんと思ったらここだったか」

ひょこっと視界の中に顔を出したのは申隊隊長猿申(えんしん)様。
金色の髪に褐色の肌。猫目。頬には逆三角形の赤い刺青をしている手足の長い男性だ。
そう。男性なのだ。天国の家族へ、僕に求婚しているのはこの人です。

「休憩か」

そういって隣に座る猿申様に、僕は膝を抱える。気恥ずかしくて左手は右手で覆って隠した。

「また本部にいらしたんですか」

帝都には《新帝都》と《旧帝都》がある。近代化で車も走り高い建物が並ぶ政の中心地である《新帝都》と、旧時代の色が濃い《旧帝都》。
十二支隊本部があるのは《旧帝都》の方だけど、化物は《新帝都》にも出る。噂ではあちらの方が強い化物が多いらしい。その為、《新帝都》にも十二支隊の駐屯基地はあり、十二支隊は半数が半年間、新旧の都に配属される。睦月から水無月まで、申隊は《新帝都》が担当期間となる。
そこの隊長達が本部に来るのは、月終わりの隊長会議だったり主への用事があったり余程のことがあった時だけ。卯月中旬のこの時期に猿申様が戻って来るなんて、普通だったら何かあると思うだろう。でも、僕はそうではない。

「なぁに。求婚に来ただけじゃ」

そういって笑う猿申様に、僕は視線を逸らして立ち上がる。

「僕はお勤めがあるので!」

「ああ、善之助は夕方から出て来いと親方がいっておったぞ」

そうやって親方まで巻き込むんだ!大体、隊員だけでも数が多く、本部にいる他の人達の食事も作らなくてはいけない厨房が、下っ端でも戦力を削ぐことを良しとする筈がない!猫の手でも借りたいのに!

「猿申様がいうから、親方は仕方なくそういったんです!」

「ハハ!」

「笑い事ではありませんからね!」

頬を膨らませた僕は、猿申様が黒い軍服の懐から出した包みに目を丸くする。
土産だといわれて疑いつつ受け取ると、中から甘い香りがした。開けてみれば茶色い物体が入っている。

「ちよこれいと?というらしい」

「貯古齢糖ですね。え、懐に入れていたんですか」

溶けたら勿体ないではないか!
猿申様はまた笑って、自分は体温が低いから大丈夫だといったけれど、それは関係がないと思う。
少しで良いから一緒に話をしようといって隣を叩く猿申様に、僕は逡巡したけれどお菓子の誘惑に負けて従う。お菓子に罪はないし、後で食べるのも誘惑が強くて作業に集中が出来ない。
丸い貯古齢糖がみっつ並ぶ小箱は、それだけで甘い香りを放つ。猿申様曰く《新帝都》の洋菓子店のお菓子らしい。

「毎回、お前に贈る菓子に悩むのう」

「美味しいです」

「たらふく食べて大きくなるんじゃぁよ」

「《新帝都》には洋菓子店が多いのですか?」

「ここに比べたら多いの。ちいずけえきなる物が人気があると、わいの所の子分がいっとったなぁ」

「ちいずけえき?」

「どういう物かは知らんが」

「次はそれが良いです」

「厚かましい童じゃ!」

カカッと笑い頭を掻き回される。それを仕方なく受け入れながら、貯古齢糖に舌鼓を打った。

「何じゃぁ?わいの分は残さんかったか」

「え、必要でした?」

「ええ、ええ。お前にあげた物じゃ、全部お食べ。といっても、もうないがな」

三つなんてあっという間だ。
と、音もなくおかっぱ頭の子供が現れて、ふたり分のお茶を淹れて去って行く。時折、見かけるけれど、先輩達曰くあの子達は主の使者で何十人といるそうだ。皆、同じ顔で同じ着物を着ているし、恐らく人間ではない。
去って行った使者を見送っていると、猿申様が身震いをした。

「相変わらず、主の使者は恐ろしいのぅ」

「怖いですか?確かに急に現れますし」

「音がないからの。卯隊も戌隊も耳は良いが全く気配を感じとれんといってたわい」

「へぇ」

「ああ、だが、子隊の隊長だけは分かるそうじゃな」

「子隊の隊長にお会いしたことがないんですけど、どうして分かるんですか?」

「う~ん。わいもあまり詳しく話したことがないからのぉ……。多分、神に一番、近いからじゃ」

「神に一番、近い?」

「知らんかぇ?鼠が一番に神様の前に現れたんじゃぁよ」

首を傾げると、猿申様は歌うように語り始めた。
昔々、神様は宴を開くことに決めたそうだ。『一番早く来た者から、十二番に来た者を大将にしよう』。そういわれて動物達は宴の日を心待ちにしていたとか。まずは牛が「自分は足が遅いから前日に出かけよう」とまだ暗い内から出立した。その牛の上に飛び乗った鼠は楽して神様の下まで行き、御殿の門を牛が潜ろうとした直前にその背から飛び降りたそうだ。

「そこから順番に鼠、牛、虎、兎、龍、蛇、馬、羊、猿、鳥、犬、猪と続き十二支という括りに入れられたというのが伝承じゃな」

「鼠って卑怯ですね」

「カカ!もっといってやれ!」

「それで鼠が一番、神様に近いということになったんですか?」

「そういわれているが、どうだかのぅ。だが、子隊の隊長は最年少じゃが、何かわい等も知らないことを知らされておるようじゃぁな」

そのせいで戌隊隊長が苛立っているそうだ。戌隊隊長は忠誠心ならば他の隊の追従を許さないそうで。
お茶を頂いた僕は、温かい風に揺れる木の葉を見つめる。桜も散り、段々と初夏の色が目立ち始めている。きっと今年の夏は暑いだろうな。厨房は地獄だ。
隣でお茶を飲む猿申様は、穏やかな表情をしていらっしゃる。

「猿申様」

「何じゃ」

「夏はこちらに居を戻すのでしょう?」

「何じゃぁ、心待ちにしておるのか!」

途端、猫目を輝かせた猿申様に、僕は慌てて視線を逸らした。

「や、喧しくなるなって思っただけです!《新帝都》のお菓子も食べられなくなるし、残念!」

「ほんに食い意地の張った奴じゃぁな」

嘆息した猿申様は足を組んで頬杖をついた。穏やかだった顔は拗ねた物に変わる。

「つまらん」

「今日、小鉢当番なんです」

「ほんにか」

「食べて行かれますか?」

「そうしたいのは山々じゃがなぁ。今日はこのまま帰る」

「え」

何時も僕が作る物を食べて戻られるのに?
猿申様は嘆息して立ち上がると、「ちと用があるんじゃ」といった。そのまま僕の頭を撫で、去って行く。
尾っぽのように首の後ろで結われた毛先に行くにつれて黒くなるひと房の長い髪が揺れ、振り返ることのない背中がどんどん小さくなると、僕は大きな溜息を吐いた。


猿申様との出会いはここに来て直ぐだ。
十二支隊本部には十二支隊に入る資格を持ちながら、適正検査を外れ素質がないと判断された人も働いている。それ以外にも何の力もない一般人がコネで入ることもある。実は厨房はそんな人達の集まりだ。だからといって料理に手は抜かないし自分達の腕に誇りと自信を持っている。
僕は今は亡き両親が経営していた食事処を手伝っていたというのもあって、直ぐに馴染めると思ったけれど、厨房は戦場だ。無駄な動きひとつ許されない。
最初は皿洗いだろうと思っていたら薪を持って来い、水を運べと厨房の中に立たせてもくれなかった。時折、先輩が包丁の研ぎ方を教えてくれたり試作品の味見をさせてくれたりするけれど、それだって毎日ではない。
手に出来た重労働の痕跡に、僕は夜な夜な痛みと疲労で泣いていた。
お母さんの手料理が食べたい。お父さんのお話が聞きたい。兄や妹、弟と喧嘩をして、一緒に並んで寝た部屋が恋しい。そう泣いていたら、猿申様は急に現れたのだ。

「何じゃぁ?そこで泣いているのはどこの坊主じゃ」

「……賄方の……ひっく……善之助です……」

「ああ!お前が酉鳥の助けたっちゅう童か!」

酉鳥様の口利きで入れたのだ。その顔に泥は塗れない、好意を無駄には出来ないと自分にいい聞かせるのが日課だった僕は、その時、猿申様が口にした名前に大きな声で泣いてしまった。

「泣くでない、泣くでないわ!ほれ、飴ちゃんをやるでぇな、泣くでない!」

慌てふためいた猿申様が僕の口に飴を放り込んで、頭を撫でてくれる。

「何じゃぁ?何で泣くんじゃ」

「ひっぐ、うぇ、うぇ」

「落ち着いていってみろ」

「ぐす、……ひぐ……手……」

「て?手か。どれ、痛むのか?……ああ、これは頑張ったなぁ」

握り締めていた手をそっと開いて、猿申様は苦笑を浮かべると優しく撫でてくれた。
頑張った手だ。良く頑張った。さぞ痛かっただろうにといって、何度も何度も。

「よう頑張ったな。どれ、薬を塗ってやろう。未隊から持たされている、よう効く薬じゃ」

そういって、小さな器に入れられている白色の塗り薬を塗ってくれて、頭も撫でられる。
優しさと口内の甘味に、段々と落ち着いて来ると、僕は情けないやら恥ずかしいやらで俯いてしまった。黒い軍服に白い羽織といえば、十二支隊隊長しかいないとここに来て間もない僕も知っている。
そんな方に見付かって、泣いているのをあやされ、労られてしまった。

「あの、ごめんなさい」

小さく謝った僕に、猿申様は首を傾げる。

「何を謝る」

「だって」

「そうじゃ、わいの名前をまだ教えていなかったな。猿申という」

「えんしん、様」

「酉鳥の友だ」

「お友達、ですか?」

顔を上げると、猿申様は僕の目に残った涙を拭ってくれた。
今から夜間警備に出る所だったけれど、小腹が空いたので厨房に忍び込んだこと。そこに置いてあったお櫃の中から残った白米を拝借してしまったこと。逃げる途中で僕が泣いているのを見付けたことを白状される。
それを聞いていた僕が抱いたのは絶望だ。

「お櫃のご飯、食べたんですか」

「うん」

「あれ、僕の晩御飯なのに」

「何と!い、一緒に置いてあった漬物もか」

「僕の晩御飯!うわぁぁぁん!!」

賄方は基本、最後にご飯を食べる。それは残り物だったり誰かが作ってくれた賄いだったりするけれど、下っ端は一番最後という古くて悪い習慣がある。とんでもない習慣だ!僕が偉くなったらなくしてやる!
そんな習慣のせいで、僕は泣き終わってから食べるという日課になっていたんだけど。
猿申様は困ったといって僕をあやすけれど、この人のせいで僕はお腹が空いたまま寝るんだと思うと。

「そ、そうじゃ、また今度、……いや、明日の夜に美味しい物を用意してここに来るから許してくれんか」

「今、お腹が空いているのに!」

「だったら先に食べて泣けば良いじゃろう」

「うわぁぁぁん」

「分かった分かった、今から酉鳥の場所に行くぞ」

そういうやいなや、猿申様は僕を担いで走り出した。
連れて行かれたのは十二支隊隊員寄宿舎だ。湯上りだったり寝る前の雑談だったり、まだ起きている隊員が驚いたように僕達を見る。その中を進み、酉隊の部屋が並ぶ区域に入った猿申様は、迷うことなくひとつの部屋に飛び込んだ。

「酉鳥、何か食いもんがあるじゃろう!」

「はぁ?あんた、すっぴんの時に来ないでよ!」

聞き馴染みのある声に顔を上げると、湯上りの肌に手入れをしている人がいた。
白い肌。毛先が赤いうねった白い髪。今日は化粧をしていないけれど、そこにいる男性が僕の命の恩人で面倒を見てくれた酉隊隊長酉鳥様で。

「ちょっと、善之助くんじゃないの。あんた、何泣かせてんのよ」

「最初から泣いてたわい。この子の夕飯を食べてしまってのぉ」

「あらまぁ」

猿申様に下ろされた僕の頬を両手で挟んで、酉鳥様は眉根を寄せる。
男の人らしからぬ良い匂いがした。

「こんなに真っ赤な目になっちゃって、まるで兎さんね」

「すまんのぉ」

「全くよ。あんた、食い意地が張ってるんじゃないの。そのくせ細身なんですもの。もっと太りなさいよ」

「そういうお前は太ったな」

「ああん?」

野太い声を出した酉鳥様は、青い顔になって両手を挙げた猿申様に舌打ちをして戸棚を漁る。中から大福が出て来た。何でも昼間に《新帝都》近くで卯隊副隊長に会ったそうだ。その時に《新帝都》で発売中の苺が包まれた大福があったそうで、丁度良いからと貰ったと。
後で食べようと思ったそうだけど、僕にくれるといわれる。

「でも」

「良いのよ。それを食べて元気を出しなさい。お猿さんからは後でお詫びを貰うのよ」

「でも」

「図太く生きなさい!隊長だろうが何だろうが顎で使う気概を見せないとやっていけないわよ」

それはそれでどうだろう。
大福はお腹も空いていたし頂くことにして、僕は猿申様を盗み見る。僕が食べて落ち着いているのが分かったのか、安堵の息を吐いていて。

「ていうか、あんたは見回りがあるんじゃないの?」

「わいの部下だけで十分じゃ」

「それで摘み食いをしていたのね」

「腹が空いて切なくて……すまなんだな、善之助」

伸びて来た手が頭を撫でてくれる。大きくて冷たくて、でも優しい手だ。
お父さんを思い出してまた泣いてしまった僕は、饅頭を食べて嗚咽を漏らしながらも手が痛くて眠れないことや疲れたことを訴える。それを聞いているふたりの隊長は怒るでも呆れるでもなく相槌を打ったり褒めたりしてくれて。

「アタシが紹介したのが重荷になってしまったのならごめんなさいね」

「違います、違うんですぅ!」

「そうね、そういうことじゃないのね、よしよし」

「うわぁぁぁんっ」

どうしようもなく疲れただけ、甘えられる人に当たっているだけ。厨房で働くのも嫌いではないのだ。
喚くだけの僕に嫌な顔ひとつせずに、あやしながら「こういう時期もあったわね」「懐かしいのぉ」「あんたも良く泣いていたじゃない」「お前は教官を殴り飛ばしておったな」と昔話に華を咲かせていて。
段々と疲れて、遂には鼻を啜るだけの僕は、痺れる目が重くなって来た僕は酉鳥隊長に凭れたまま目を閉じる。
酉鳥隊長、凄く良い匂いがする。お母さんよりも良い匂いがする。

「あらあら、寝なさい」

優しく頭を撫でてくれた酉鳥隊長に甘える。隊長に甘えるなんて、先輩達が聞いたら目を剥いて怒るだろう。きっと十二支隊員の人達も怒るだろうな。
規則正しく頭を撫でてくれる手に促されて眠りに落ちた。
翌日。晩御飯を食べていたら猿申様がいらして、「今日は泣いとらんか」と笑っていった後にお土産だとお菓子をくれた。
驚いた僕に「侘びじゃ侘び」といってくれて、申し訳ないと思いつつも育ち盛りの身には余り物というのは物足りない。有り難く頂きお茶も淹れる。それを出したら、猿申様は翌日からもいらして、色々な話をしてくれた。
酉鳥様とは十二支隊隊員を育てる施設からの付き合いで、良く問題を起こして怒られて、その度に酉鳥様がやり返してまた怒られて猿申様も巻き込まれていたとか。猿申様の生まれた村は山の中にあって、木登りが得意だったから「お猿の坊や」といわれていたとか。まさか十二支隊に入る素質があるとは誰も思わなかったので驚いたとか。見回り中に買い食いばかりして、隊員に呆れられているとか。今度、一緒に食べに行かないかとか。
毎日、現れるので先輩達も気が付いてしまって困惑されたけど、人間の慣れって怖い。
『今日もいらっしゃるんだろう?』『お菓子、置いておくから』『無碍に扱うなよ』『何かあったら相談に乗るから』『厨房でことにだけは及ぶなよ』『やべぇな、お前、玉の輿だろ』とか良く分からない言葉もかけてもらうようになる頃、猿申様は《新帝都》に行くことになってしまった。

「こればかりは当番だからのぉ。寂しくなるなぁ」

「こちらにお戻りになることはあるんですか?」

「半年間だけじゃ。それが寂しいが」

「僕もです」

猿申様も酉鳥様も行ってしまう。こうして一緒にご飯を食べることも、お話することも出来なくなるなんて。たった半年といっても長いな。
たった半刻でもお会いする時間は僕もとっても特別で好きだったから。
月末や用事があったら戻って来るけれど、その時に会えるかも分からないし、会えても今よりうんっと短い時間になるだろうと。

「あの、またお土産持って来てくれますか」

「お前はわいよりも食い意地が張ってるな。持って来る持って来る」

「やった」

「全く」

大きく溜息を吐いて、猿申様は乱暴に僕の頭を撫でる。その強さに悲鳴を上げて笑った僕は、胸に抱いた寂寥感を封印した。
それから何度と年が過ぎ、何度も猿申様は《新帝都》と《旧帝都》を行き来して出来る限りの時間で会ってくれた。
それがどうだ。まさか求婚されるなんて思いもしなかった。



「ちょっと良いかしら!」

春といっても冷える日はある。
今日は朝から風も強くて肌寒く、残っている桜の大半も散ってしまった。
菜の花の和え物を作っていた僕は、開いたままの戸から発せられた声に驚いて顔を上げる。忙しなく動いていた先輩達も止まってそこに立つ人を確認した。
金色の髪を高い位置に結っているその人は、長い手足に軍服の胸元を開いている女の人だ。気の強そうな顔で、爪に赤い紅を施した女性は、厨房内を見回し僕に近付いて来た。
傍らにいた先輩が「申隊副隊長様じゃないか」と呟く。
え、申隊副隊長って猿申様の部下の人?今日は猿申様はまだいらっしゃらないのに副隊長が来たの?どうして?
申隊副隊長は僕の目の前まで来ると、団栗型の目を吊り上げた。

「あんたが善之助ですって?」

「え、あ、違います」

「は?」

「あの人です」

怖。怖い。離れた位置にいる親方を指差すと、「お前こら!」という怒声が聞こえたけれど、副隊長が大股で駆け寄ったのが先だ。

「あんた、良くもうちの隊長をたらしこんだわねこの毛むくじゃらがぁ!!」

「違っ!違いますからぁぁ!!」

親方、貴方のことは忘れません。敬礼をした僕は、副隊長の誤解が解ける前に厨房から逃げ出した。
外に出て、溜息を吐く。何で僕の所に来るのだろう?たらしこんだ覚えはないんだけどな。何時もの休憩場所に行く。猿申様も来ているのかもしれないし。
縁側に座り待っていたけど何時まで経っても猿申様は現れず、今日は来ても会えないのかもしれないな。寂しいけれど仕方がないかな。
溜息を吐いてそろそろ戻ろうかと思っていたら、足音が聞こえた。
猿申様だろうか?足音がした方を見ると、それはそれは大きな筋肉の塊がいた。

「誰」

「貴様が善之助かい」

「え、はい?」

「おらは申隊が一番槍、猿楽(さるがく)!隊長をたぶらかす童め、成敗してくれるわぁ!!」

やばい人が来ちゃったよこれ!
慌てて立ち上がった僕は、突っ込んで来る大男――猿楽様から逃げる。
何で僕が!何で僕が!何で僕が!?そもそもたぶらかしたって何!?僕がたぶらかしたの!?
突っ込んで来た猿楽様が拳で縁側を殴ると、哀れなそれは粉砕された。木っ端微塵だ。舞う木片の中で、猿楽様は雄叫びをあげると胸を太鼓のように叩く。
ええええ、十二支隊員って化物と戦うんでしょう?何で一般人を襲うの?頭おかしくなっちゃったの?
困惑していると猿楽様はまたこちらに迫る。そのまま殴られると思ったら、猿楽様が横からの回し蹴りで吹っ飛んだ。
地面を転がった猿楽様と僕との間に立ち塞がったのは猿申様その人で。

「痴れもんが!何をしとるか!!」

「た、隊長」

「隊長ぉ!」

申隊副隊長が木の上から飛び降りて来て、そんまま猿申様に抱きつく。

「隊長、隊長、隊長!怒らないでよぉ!アタシ達隊長がすげなく扱われるのが気に食わなくて!」

「そうですぞ!おい達は」

「だからって一般人に襲いかかるとは何事か、十二支隊員と何と心得る!!」

猿申様が激昂するのは怖いけれど、また襲いかかって来られたら怖いので背中に隠れる。それを見て副隊長達が目くじらを立てたけれど、猿申様が睨みをきかせた。

「善之助、すまなんだな。怪我はないかぇ?」

「は、はい」

「お前達も謝らんか!」

「「……申し訳ありません」」

「全く、目を離した隙にこれじゃ。大体、わいが誰を娶ろうが関係ないじゃろう」

「それはありますから!アタシ達の隊長の奥さんはアタシ達の姐さんになるんですよ!それなのに逃げ回っているじゃないですかぁ!」

「そうですぞ!」

「喧しいわ!わいと善之助には時間が必要なだけじゃ!!」

「その気がないのならそういうべきよ!アタシ達の隊長は暇じゃないんだから!」

「そうだそうだ!」

そ、その気がないって。狼狽えた僕は、猿申様を見上げる。
確かに猿申様の求婚から逃げているのは事実だけど。

「隊長は良いように利用されているんです!だからアタシ達は」

「例えそうであっても、わいは好んでやっておるんじゃ。それを邪魔するというんか」

「だって」

「与えられる好意に胡座をかいて、利用するだけするなど、そんなことが許されるんですかい。それなら隊長の気持ちはどうなるんですかい。おい達はそんなこと許せんです。隊長が良くてもいけんのです。だから、その者は応える気がないのならそういうべきではないですかい」

自分達は隊長に幸せになってもらいたいといった猿楽様に、僕は大事に紐を通して首から下げている指輪を握り締めた。
副隊長も猿楽様も、猿申様のことが大好きなんだろうな。人の幸せを願って行動に出られる人って凄いな、被害に遭うととんでもないけれど格好いいな。それなのに、僕は与えられる好意を受け取るだけ受け取ってひとつも返そうとしない。それって、猿申様にも悪いよな。
指輪を取り出して銀色のそれを見つめる。
手放したくないな。食べられないけれど、課金だとすらいってしまったけれど。
下唇を噛み締めて、それを首から取ると、猿申様の袖を引いた。猫目が僕を見る。その目に映る僕はどんな顔をしているのか良く見えなくて。
手を握り締めると猿申様が目を見開く。その手に指輪が握られるのを確認して、僕は身を翻すとその場を逃げた。
猿申様が何かいっているけれど聞こえない。
猿申様にも、副隊長にも、猿楽様にも、これが一番、良いことなんだ。応えられないのなら付き合わせたらいけないんだ。でも、もう一緒にいられないだろうな。お菓子を食べて語り合うことも出来ないんだろうな。
涙を零しながらひたすら走る。胸が苦しいけれど、寂しいけれど、これで良いんだ。これが良いんだ。そういい聞かせて、涙を拭う。
失ってから、気付くんだ。好きだな、好きだったな、猿申様が大好きだったなって。それなら応えれば良いのに、もう遅いんだ。僕から手放したんだから。それでも。

「大好きです、猿申様!」

遥か遠い位置に残された猿申様に叫ぶ。僕の恋が終わった瞬間だった。

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