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残桜

短編小説
ファンタジー
オリジナル
2018年07月02日 16:02 公開
1ページ(6283文字)
完結 | しおり数 0


虹猫

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「ああ、もう春なんだな…」

自宅のすぐ横にある桜を見上げて目を細める

この男の名は紅郎(こうろう)
紅郎は畑に行く以外あまり外に出ることはない
他の者とも仲が悪い訳ではないが、特別話すこともないので関わらないようにしている


紅郎は働き者で朝から晩まで畑の世話をした
そうして土埃まみれになって家へ帰るのだ

残念ながら家で待っていてくれる恋人はいない
両親もすでに他界していてこの家には紅郎1人で住んでいる
この家は紅郎の祖父母の代に建てられた家で、もう長いこと修理もしていないので雨漏りやら隙間風も当たり前のぼろ家である
それでも紅郎は慣れたもので雨が降ればそそくさと湯呑みや茶碗を置いて対処する
隙間風に至ってはヒューヒュー音が鳴ろうが戸や窓がガタガタ鳴ろうが御構いなしで、肌寒かったら布団を一枚多く被る程度である


こんな環境で生活をしていても風邪ひとつ引かない



そんな紅郎がある時風邪を引いた

寝ていればすぐ治る
と、気にしてはいなかった

紅郎は自分よりも畑の心配ばかりしていた

だが、すぐに治ると思っていた風邪は一向に治る気配はなく三日が経った
なかなか良くならない自分の体に苛立ちながらも布団にこもっていた
四日目の夜、風が強く戸や窓がガタガタとなっていた
しばらくするとバタバタと屋根が鳴った

「春の嵐か…」

紅郎は気だるい体を起こして雨漏りするところに器を置いていく


布団に戻って家の鳴る音を聞いているといつもと違う音が聞こえた
わずかに体を起こして耳を澄ます

トントン、トントン

戸を叩く音だ

他の音に混じって微かに女の声が聞こえる

「ごめんください、誰かいらっしゃいますか?」

紅郎は気だるさもあって無視をしようとも思ったが、その声のあまりのか弱さに戸を開けた
そこにはこの村では見たことのない、美しい女が立っていた

「夜分に申し訳ありません。旅の途中に嵐が来てしまって…。どうか一晩泊めていただけないでしょうか?」

紅郎は申し訳ないが他をあたってもらうよう言おうとした瞬間、急に眩暈がして倒れてしまった




ーーー

紅郎は真っ白な世界にいた
どこまでも続いてる白に頭がぼーっとする

「ここは……」

自分の声が辺りに響いている気がする
周りには紅郎以外に誰もいないし、何もない
自分だけの世界に不思議と恐怖心は湧かなかった

「あー、とうとう死んでしまったか…」

そんな呑気なことを言っていると自分の足が動かないことに気づいた
白い地面にぴったりくっついている
どうにか引き剥がそうと両手で片足を掴んで引っ張ってみたがビクともしない
すると途端に不安になってきた
自分は動くことが出来ないまま、いつまでこの誰もいない場所に居なければいけないのか
最初は恐怖心なんて全くなかったのに、このままずっと誰にも会うことも出来ずここに立ち尽くすのかと思うと怖くて堪らなかった

「誰かー!誰か居ないかー!?助けてくれー!!」

大声で叫んでも声が響くだけで何も聞こえない
しかし、ふと背後に人の気配を感じた気がした
紅郎は勢いよく振り返ったが、誰も居なかった
ガッカリしながらも前を向くとふんわりといい香りがした
その瞬間強い風が吹きつけてきて、反射的にぎゅっと目を瞑った

ーーー

ゆっくり目を開けると見慣れた天井に見慣れない顔があった

「大丈夫ですか?ひどくうなされていましたけど…」

「ああ…大丈夫だ」

枕元にある氷水の入った桶や額に乗った冷たいタオルをみて倒れた自分を彼女が介抱してくれたのだと知った

「勝手に上がってしまってごめんなさい。すごい熱だったので……」

彼女が申し訳なさそうに言った

「いや、こっちこそ急に倒れて悪かった。驚かせてしまったな。」

外はまだ雨風が強いようで家はガタガタ鳴っている
自分は具合が悪いとはいえ、介抱してもらったのに今更他をあたってくれとは言えなかった

「礼の代わりにこんなとこで良かったら泊まっていくといい」

紅郎は気恥ずかしくなって少しぶっきらぼうに言った

「いいんですか…?ありがとうございます…!」

彼女は遠慮がちに、嬉しそうに答えた



彼女の名前はサクヤというらしい
長く美しい黒髪で肌は白く華奢で清楚、まさに大和撫子という表現がピッタリな女性だ
なんでもこの村の隣村に両親がいるらしく会いに行く途中に嵐にあってしまったらしい

隣村と言っても男の足でもかなりの険しい道のりだ
それを華奢な彼女が一人で歩くには危険過ぎる

本当に一人で行くつもりなのか……
そもそもこの村に来るのも相当険しい道のりのはずだ
どこから来たのか……

そんなことを考えていると

「まだ具合良くならないですね…私のことは気にせず休んでください」

サクヤは申し訳なさそうに言った

一応客人なのでそうにもいかないと思ったが
自分がこんな状態で気を遣えば彼女はもっと心配して休むに休めないだろうと

「悪いがそうさせてもらう」

と、サクヤの分の布団だけ出して自分は布団に横になった

サクヤは安心したように

「おやすみなさい」

と言って微笑んだ

普段人と接しないのでやっぱりなんだか気恥ずかしくて

「ああ」

とだけ言った



夜が明けて朝が来ると嵐はすっかり過ぎ去って春の穏やかな陽気になった
家の横の桜も暖かい陽を浴びて少しずつ花が咲き始めていた

「おはようございます。いい天気になりましたね」

サクヤは微笑んで言った

「ああ、すっかり晴れたな」

そう言った紅郎はまだ調子が戻らず気だるそうだ

それを見たサクヤはしばらく紅郎の看病の為ここに居たいと言い出した
紅郎はそのうち治るから気にしなくていいと言ったが、サクヤは泊めてもらったお礼にと聞かなかった
両親に会いに行くのも急ぎではないから迷惑で無ければと言われたら紅郎は断れなかった


サクヤは良く働いてくれた
家のことから紅郎が気にしていた畑のことまで朝から晩まで働いた
紅郎は有り難かったが逆に申し訳ないと思った

その夜に紅郎は調子が戻ってきたので明日にでも両親の元に行ったらどうかと話をしてみた
サクヤは悲しそうに

「やっぱり迷惑でしたか?」

と言った

「いやとても助かったが、たった一晩泊めた礼でこんなに働いてもらっては申し訳ない」

紅郎がそういうと

「私が好きでやっていることなので気にしないでください」

とサクヤが言った

紅郎が負けじと

「でも……」

と言うとサクヤが

「では、私のお願いを一つ聞いてくれますか?」

と言ってきた

紅郎は自分が聞ける願いならと

「わかった」

と答えた

するとサクヤはにっこり笑って

「もう少しだけここにおいてください」

と言った

紅郎は予想もしなかった願いに驚いた

どうやらサクヤという女は思っていたよりもずっと強い女だったのだ
紅郎はサクヤに勝てる気がしなかった

はぁ、と溜息をついた後

「わかった」

と言った
そう言うしかなかったのだ



朝になって目がさめるとサクヤはすでに朝食を作っていた

「おはようございます」

あの話し合いのせいか昨日よりも元気そうに見える

まだ眠そうな紅郎をみて

「体の具合はどうですか?」

と心配そうに尋ねてきた

「もうすっかり良くなったようだ」

と返せば

「それは良かったです」

とにっこり笑って見せた

なんだか眩しく見えて目をそらして

「あぁ」

とだけ言った

するとサクヤが少し不安そうに

「もし体調が良いのなら畑を見てほしいのですが…良いですか?」

と言ってきた

体調を崩してからずっとサクヤが畑を耕して作物の面倒を見てくれていた
紅郎も人に任せることがなかったので気にはなっていた

「あぁ、朝飯食べたら行こうか」

「はい!」


二人は初めて揃って外に出た
家の外の桜はこの前まで咲き始めだったのにもう満開になっていた

畑に着くと紅郎は感心した
土の状態も良いし、作物は大きく成長している

「良い塩梅だな」

紅郎がそう呟くとサクヤは嬉しそうに微笑んだ

紅郎はそんなサクヤを見て自分まで嬉しい気持ちになった

それからというものサクヤは毎日紅郎に付いて畑へ行った
紅郎が自分がやるからいいと言っても

「手伝います」

の一点張りだった為それからは何も言わなかった

二人で会話をしながら仕事をするのも悪くないとすら思っていた
むしろ一人よりもずっと楽しかった




サクヤが来てから一週間程経ったある日


朝起きるとサクヤが咳込んでいた
よく見ると顔色も悪い

「大丈夫か、どうした?」

そう聞くと苦しそうに

「大丈夫です…」

と答えた


だがどう見ても大丈夫そうではないので休んでいるように言った
しかし見た目とは裏腹に頑固な女はそれでも働こうとする
紅郎は仕方なく見張りも兼ねて看病することにした

布団に寝かせて粥を作って食べさせた
あまり食欲がないようで思っていたより具合が悪いのかもしれない
紅郎は不安になり何度も

「大丈夫か?」

と聞くが
相変わらずサクヤは

「大丈夫です」

と答える


熱まで出てきたようで頬が紅潮している
濡らしたタオルを額に置いた時

「ごめんなさい」

サクヤが苦しそうな顔で謝った

紅郎はなんだか切ない気持ちになって

「大丈夫だ、なんてことはない。」

と言った
後になってもう少し気の利いたことを言えば良かったと思ったがそれしか言えなかった


少し風を入れようと窓を開けると桜の木が見えた
風に煽られ花弁が散っていく

「あぁ、綺麗だな」

思わず声が漏れる

「そうですね」

ただの独り言のような呟きにサクヤが答えた

紅郎は少し驚いたが続けて話した

「子供の頃からこの木があって花をつける度に春を感じて、散る度にちょっと悲しくなるんだ」

そう言うとサクヤは

「散ってしまうのはもったいないですよね。ずっと咲いていられたらいいのに……」

残念そうに言うサクヤに紅郎は言った

「それじゃあ意味がない。桜は一気に咲いて一気散るから美しいんだ。桜は他の植物では感じない感情をくれる」


珍しく紅郎が強く出たのでサクヤはクスッと笑って

「それでも私はずっと咲いていた方がいいと思います」

と言った


サクヤがわざと言っているのがわかった

紅郎は

「相変わらず強情だなぁ」

と言って笑った


サクヤは微笑んで

「私は大丈夫なので行ってきてください」

と言った
少し苦しそうだが、紅郎はそういうなら大丈夫だろうと

「早めに戻ってくる」

と、サクヤを置いて家を出た



戸を開けると強い風が吹き荒れ桜の花弁が舞っていた

「ついこの前まで満開だったのになぁ……」


紅郎は悲しく思いながら畑へ向かった


一通り仕事を終えたところで、ふとサクヤに呼ばれた気がした

風鳴りだったかもしれない


それでも気になってしまう

「早くに戻ると言ったからな」


紅郎はサクヤに言った通り早くに帰ることにした
早く戻ると言ってもいくらなんでも早過ぎるので、サクヤは驚くかもしれないなんて思いながら足早にサクヤの待つ家へ向かった


「ただいま」


家へ帰ってサクヤに呼びかける

返事は返ってこない


寝ているのか?と足音を立てないようにサクヤのいる部屋へ向かう

ゆっくり戸を開けると布団が敷いてある
そこにサクヤはいない


「サクヤ?」

家のどこを探してもサクヤはいない

もしかしたら畑へ行ったのかもしれない

「入れ違ったか?」


家を出て畑へ向かう

しかしサクヤはいない


家に帰り考える

サクヤは黙って出て行ったりはしない
まして熱が出ている状態で出て行ったりなんて……


紅郎は心配になった


確かに家を出る直前までここにいたのに

サクヤが寝ていた布団に手を置く
まるで誰も居なかったかのようにひんやりしている

ふと見ると掛け布団の中に何かある


引き出すと木の枝だった
枝の先には桜の花が一輪咲いている


「なぜこんなところに……」

サクヤが置いたのだろうか?


疑問は抱きつつも湯のみに活けた

サクヤが置いたものだと思ったら捨てることは出来なかった



その夜、紅郎は眠れずにいた

サクヤはどこに行ったのだろう
なんで何も言わず出て行ったのだろう
熱は下がったのか
道に迷ってはいないだろうか


ずっとサクヤのことを考えていた


サクヤの布団にあった桜の枝を見つめながら

「ここにいるのが嫌になったんだろうか……」


消極的に呟くと枝に咲いた一輪の花が光り始めた


「なんだ!?」


突然のことに反射的に距離をとる

目を細めよくよく見るとサクヤがいた


「サクヤ?」


にっこりと微笑んでいるサクヤは薄っすら透けている


紅郎が固まってサクヤを見つめているとサクヤがゆっくり話し始めた

「紅郎さん、突然いなくなってごめんなさい
紅郎さんが帰ってくるまでは大丈夫だと思ったのだけど……居なくなって驚きしましたよね
でも、ここにいるのが嫌になったわけではないんです
もう行かなくてはいけなくなって、ここには居られなくなったんです
決して紅郎さんが嫌いになったわけではないと言うことだけわかってください
今までありがとうございました
あんなに楽しかったのは生まれて初めてでした
私は力が弱いのでまた会えるかはわからないけど……
紅郎さんがそう願ってくれるならきっとまた会いにきます
夏が来るのでもう行きますね
さようなら……
またいつか……春が来たら会いましょう」



そういうとサクヤは消えてしまった



紅郎は一人残され、後悔した


驚いてる場合ではなかった
なんで一言も自分の気持ちを言えなかったのか




残された一輪の花にそっと触れて

「また、必ず……」

と呟いた





そして夏が来た
毎日うだるような暑さの中畑へ行く


サクヤが居た時は楽しく出来た仕事も一人になると寂しさを感じた


それでも家へ帰るとその寂しさも少しは和らいだ

サクヤが置いていった桜の枝に咲いた一輪の桜の花はいまだ綺麗に咲いていたからだ



紅郎は家に帰ると

「ただいま」

と、花に話しかけた


毎日毎日話しかけて大切にした



その花は秋がきて、冬になっても散ることは無かった

紅郎はふとサクヤと桜の話をした時のことを思い出した




「それでも私はずっと咲いていた方がいいと思います」




紅郎はおかしくなって
「何も本当に……」
と言って笑った

そして「本当に強情なやつだな……」

と、目を細めた





そして待ち望んだ春が来る


冬の寒かった空気が柔らかくなり、命が芽吹き始める


「ああ、もう春なんだな……」

しみじみ家で一輪の桜を見つめていると強い風が吹いた
戸や窓がガタガタ音を立てている

その音とは別に戸を叩く音が聞こえた

トントン、トントン


紅郎はハッとしてすぐさま玄関まで行き
勢いよく戸を開けて
恥ずかしそう笑って言った



「おかえり」






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