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囚われのイギリス人

短編小説
冒険
オリジナル
2018年06月22日 22:19 公開
1ページ(4587文字)
完結 | しおり数 0

銀の髪のおじさんが私に最後に語った言葉は「お逃げなさい。ここから遠くへ」だった。

ふしきの

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これもかなり古い作品が印刷物で出てきたので再録。
静養治療を兼ねて引っ越ししたときに遠くの山を見て、毎日少しずつ体力をつけるために歩いていたときにできた作品。

翻訳文庫みたいな感覚で。英語圏の独特人の言い回しってこういうのだったけなど。
チョッキ、ベスト、ジレ って感じで書き直ししました。
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The domiciliary caves

 丘のはずれの炭鉱窟に『イギリス囚人』がいると噂されていた。
 そこは、この坂道をずっと上った先に、何十にも入り組んだ石垣の袋地をあみだくじのようにと入り抜けた場所だった。
 ぼくらはその手前の段々畑の石垣で通りに水風船をぶつけたり、堀から堀へジャンプしたりして遊んでいた。だから、それは少しばかりよそ事のはなしだった。
 たまにでてくる挑戦者が、勇者のごとく聞き耳を立ててぼくらのほうへきては、
「髪の毛は白髪で目は水色だった」とか、「いつも茶色のジレを着ていて、難しそうな顔をしてポケットから懐中時計を出していた」とか、「囚人は足に足かせをされていて、見張りのおばはんが鍵を握っている」という、まことしやかな情報がちらほら遊びが始まる前の前座に出てきて、
「炭鉱窟の女郎ばばあ地獄」とか「置き屋上がりの夜の怨念ばばあの怨霊」
 とかいって、小さい子分たちを震え上がらせていた。

 私はその小さい子分の一人だったけれど、どうしてもその『囲われのイギリス人囚人』をまじかで見たいと思っていた。
 そう思った日から、あみだくじ袋通りの地図を地面に書いては予習し、遊びの隙をみてはその通りまで走り抜けて行動範囲を延長させていった。
 あみだくじ袋通りは、子供だと三人、大人だと一人が荷車で通り抜けるのがやっとの狭い道で、空を見上げても軒家の洗濯物が毎日違った色でぶら下がっているし、砂埃を被った建物はどれも同じような作りで、坂道に寄りかかるように果てしなく続いて建っていた。
 たまにごうごうと流れる川の音にびっくりするぐらいで、いつも人気のないさびれた通りだった。
 炭鉱窟の堀はその先の先に空にそびえたつ白くて大きなダムがあって、それを目印に行かなくてはならない。
 けれども、小さい子分たちは頭がまだ回らないので、何度かあみだくじ袋通りで遭難したことがあり、大きな親分たちから拳骨をもらうか、おとう、おかあから拳骨をもらうかするばかりなので、暗黙の裡に立ち入り禁止地域になっているのだった。
 そういうわけだから、あみだくじ袋通りを一日で走り抜けたら大きな子分として認めてもらえる証になる、あみだくじ袋通りは一種の子供の通過儀礼でもあった。私が見つからないようにといったのは、この「子分昇格」よりも早くあみだくじ袋通りを覚えようとしたからだ。とりわけ私はとても小さな子供の一人だった。
  川遊びも水路までで、深い川で泳げる権利すらない小さな子分のままが不満だった。実際、誰よりも深く潜ることができるし、大石の処に落ちただれかの大切な指輪をつかむときもその時ばかりは大親分が少しばかり口をとがらせてこっそり私に
「取ってきてもらえないか?…できたら」
 と、いったくらいだから。
 それは確かに大親分と私との秘密の友情となったが、秘密だけに毎日は退屈で相変わらずだった。
 そうして、目を盗んでは少しづつ地面に渦巻きを描きながらあみだくじ袋通りの路地を日が落ちる前に駆け抜けるのが楽しみの一つになっていった。

 
 ある日突然、今日の遊びを取り仕切る大親分の一人が腹痛を起こして今日の遊びがチリジリになったとき、とうとう私は炭鉱窟の『イギリス囚人』を発見することとなった。
 それは、本当に偶然が重なった出来事だった。
 袋地を五つ目で四つ目の分かれ道まで戻ったとき、石壁の壁が崩れているところに出くわした。誰かが言っていた「ワープの道」というものだというのは後でわかったのだけれど、その道を潜り抜けると突然グンっと大きな線路通りに出てしまった。
 錆びた線路が何本もぐにゃぐにゃと別れ、だだっ広い場所にポツンとある廃材ばかりの木材が至る所に投げ置かれていた。
 遠くに見える大きな白いダムの壁、薄黒い木材と、すえたような年寄りの臭いがする廃材置き場。その材木の上に、ところどころ小さな花瓶が置いてあり、野菊や茨などが几帳面に刺さってあった。
「食えもしない花なんか買ってくるなんて、馬鹿みたい」おかんは、口癖のようにもらいものをそういう。でも、食えもしないものを大事に水を取り替えては日差しの位置を確認する。そういうこともあってか、私はそれがとても嬉しくなってじろじろと眺めていた。
 花瓶は瓶なら何でも使っていた。空き瓶のようなものもあれば、どろでできたような汚い色や、取っ手のついたものや、鍋のようなものまであった。
 煤で汚れた毛のない猫がいると思ったら、それが『イギリス囚人』だった。
「おちびちゃん、なにか良いものがみつかったかい?」
 私は吹きだしてしまった。
 言ってたとおり、きいたとおりだ。白髪だらけで、空のような青い目、そしてジレのポケットに手をかけながら、彼は右足を引きずるように歩いていた。
「これはなぁに?」
 私がどろの花瓶を指すと、彼はうれしそうに笑いながら
「小さなふれあいという作品だよ」
 と、私に触れるように差し出してくれた。
 まるで王宮の王女のように私を見ているみたいな風変わりなしぐさで来られたので背中がこそばゆくなってしまった。
 どろではなくて陶器だった。 
「私は野焼きが好きで、釉すらあまり好きではない。しかし、どうもそうすると、水を注ぐと水漏れをおこすし、だからといって厚塗りは私の作品の尊厳に関わる大切な発想を壊しかねない」
 と、難しいことを言っていた。私の手の中にある花器は、やはり水漏れのせいで私の手をじわじわ濡らしていた。ぼたぼたと垂れる水を見ては、
「この炎天下暑かろうに」
 と言って、如雨露で水を継ぎ足しているので、あたりは常に水だらけだった。
「日が暮れる前におかえり」
 彼はちらっと懐中時計を見てそういった。
 えっと、と思ったけれど、急いで忘れないうちに自分の来た道を戻ると「今日はいつもより帰りが遅い」と、おかんに怒られそうなほどの夕暮れ時になっていた。
 あの場所は、反射している白いダムのせいで時間が止まったかのようだった。

 一日でも早く昇格したいと思ったのは、ついこの前で、今は「子分の下のほうが目につく憎くて調子が良い」事がわかり、すきをうかがえる日が来れば『イギリス囚人』のところにいた。
「無名の窯元という響きはわびさびがでてとても奥ゆかしく感じるのだ」
 彼がアーティストで一つ一つが売り物だということを理解するのは少しばかり時間がいった。私には、廃材置き場の材木や流木すら作品の一つだということが理解できなかったからだ。
「小さな友達がたくさん来てくれるのは嬉しいことなのだけれど、彼らは野山の獣と同じでこちらから手を伸ばしても捕まえることはできないのだよ。おちびちゃんがさいしょかな」
 彼はそういうとぼろ布を敷き詰めた座布団を一つ廃材の椅子の上においてくれた。
「君がいつ来てもいいように君のための席を作っておいたよ」小さなぼくのお友達、と。
 けれども私は最後までその椅子のぼろきれの座布団に座ることはなかった。
 いつものように夕方前になると、「おかえり、早く」そう、彼が呟く。


 ある日、真っ白い顔をしたばばあが廃材置き場から出てきた。ばばあの白い顔は、ほお紅でほおの所と唇は真っ赤な下品な色だった。遠くからでもリキュール酒とビールの混じった嫌な臭いが満ちている。ばばあが歩くたびに色のついたその空気が動いているみたいだった。
 私はその日、野山の猫よりも慎重に逃げた。
 あのばばあが『イギリス囚人』の看守だと思ったからだ。


 私は少し背が伸びた。
 崩れた石壁を通り抜けるのにはまだまだ十分だが慎重がいるようになった。
 その日は少しばかり雨だった。
 濡れた髪は昔を思わせる金色の髪に見えた。汚れた服も艶がある上物に見えた。おじさんは頬に手を当てて泣いていた。
「おじさんはなぜ逃げないの?」
 私が叫ぶとようやく気が付いてくれて、顔をあげた。
「こんな誰も来ないところでどうしていつもいるの?おとうやおかあのいるお国へ帰ったらいいじゃない!」
 私は言ってみた。
「おじさんは囚人なの」
「囚人?」
 不思議な顔をされる。
「おじさんは囚われているの?足かせをはめられてて、逃げられないの?ここから。この場所から、この土地から」
 おじさんの顔に頬に引っかかれた傷が見えた。赤いすじ。あのばばあのしわざだと思った。その時私は頭に血が上がっておじさんを引きずりだそうと思った。
「逃げなくちゃ、おじさんは囚人になっちゃいけない、囚人と言われちゃいけない。ここから早く」
 つかんだ、おじさんの手はしわだらけだった。よく見るとくぼんだ目も目の下のくまも、ひたいのしわのあたりに漂う老人の臭いがした。老人臭からわずかに酒と安い香水の下品な臭いが漂っていた。
「まちなさい、おちびちゃん」
 彼は私の顔を覗き込んで実に穏やかに言ったのだ。
「そう、言われてみれば、私は囚人だったのかもしれない。この土地とこの地土から逃れなれないでいたのだから。しがらみを嫌っていた私がしがらみに縛り付けられている」
 彼は歌うように言うのだ。
「お帰りなさい、お逃げなさい。振り返っては駄目だよ。これから三十秒数えるからどれくらい遠くにいかれるか、おじさんと競争しよう。おじさんは大人だからハンディをつけるため、あとから出発だ」
 私はちびすけだが足には自信があったので少しむっとしていう。
「でもおじさんは足かせをはめられているんじゃないの。足かせを外さないと」
 引きずっている右足を指した。
 おじさんは笑って言う。
「足かせはないよ。本当の足かせは心にあるのだから、さあ、先においき。私はそれを外してから出発するよ。大いなる発想の大地へ」
 おじさんは右足を私に見せてくれた。足には、汚れてめくれ上がった革靴と汚れた素足が見えた。足かせはない。私はうなずくと走り出した。
 目の端の隅の奥の遠くで、おじさんが雨の中廃屋に入っていったのが見えた。
 ばばあの、きいたこともないような甘ったるい、猫なで声が聞こえたと思ったらおなかの何かが気持ち悪くなって、私は耳をふさぎ、聞こえないように懸命に走った。

 私が石壁を抜け、あみだくじ通りを抜け、草原の見える路地に来たとき、大きな爆発音がして空から砂粒が落ちてきた。
 まるでライスシャワーのような白い雨だった。

 喧嘩別れの話がこじれただの、新しい男に鞍替えしただの、良いパトロンができて邪魔になっただの小さい町は喧噪と警察官で一時いっぱいだった。ぼくらの遊び場が整理され、ぼくらはぼくらでなくなった。
 

 坂の上の通りは右手を見ると公団のマダムが双子をカートに載せて夕涼みに出てきた。
 通りは人がごった返し、お土産物屋が海の砂や山の陶器を扱っている。
 だんだんと険しくなる坂道は奥の白いダムへと続いている。ところどころに点在するカフェテリアの香ばしい香りがあたりに漂う。
 人々は華やかな格好をしてバカンスを楽しんだりしている。
 炭鉱跡は残っているが堀も何もきれいさっぱりなくなっているらしい。
 
 川の流れだけが、今も勢いがあるだけだった。

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