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切り切り縁舞

短編小説
コメディ
オリジナル
2015年02月04日 16:02 公開
1ページ(3397文字)
完結 | しおり数 0

テーマは「冬の京都」/短編

河野 る宇

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*青年二人は京都に訪れた。
 本人たちが希望した訳ではないのだが、どういう訳かそんな流れになってしまった。
 第7回競演参加作品
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 時折ふと、自分はいまどうしてこんなことになっているんだろうと思うことがある。そのほとんど、いや九割九分九厘それは姉のせいと言っていい。
「はあ……」
 二十代半ばほどの青年は、呆れた気分を白い息に乗せて鈍色の空を見上げた。ぴんと張り詰めた冷たい空気は、その場所に何かしらの緊張感を漂わせる。
 正月の外泊申請は認められたけれど、まさか京都にまで来る事になるとは思いもしなかった。これも全て姉のせいだ。
「俺には無理だぞ」
「あ~、だよね」
 向井 時弥(むかい ときや)は隣で眉を寄せる友人、八尾 杜斗(やお もりと)に薄笑いを返した。
 目の前には、山と貼られたお札の中心に穴の空いた岩がある。札に願いを書き、表と裏から穴を通って悪縁を切り良縁を結んで願いを書いた札を貼り付けるというものだ。
 ここは安井金比羅宮(やすいこんぴらぐう)──京都にある「縁切り寺」と呼ばれる神社だ。神社なのに寺と付いてるのは妙な感覚を覚える。縁切り寺という名は、あくまでも俗称なのだろう。
「仏尊像を安置し仏教の教えを説く僧侶の住むところがお寺で、日本の神様の御魂を祀るところが神社」と言われてもいまひとつピンとこない。
 乱暴に言えば仏教と神道で違うみたいなものだろうかと時弥はふと考えた。
 二人とも自衛隊に所属しており鍛えているとはいえ、時弥は百七十センチと小柄だ。しかし杜斗は百八十五センチでがっしりとした体格である。どう考えても杜斗があの穴をくぐる事は無理だろう。
 そもそも二人は京都に来る予定などなかった。ましてや、こんな神社があることも知らなかった。
「ごめんね……。姉さんの我が儘に付き合わせちゃって」
「別に」
 ぶっきらぼうに答えた杜斗に申し訳ない気持ちで視線を外す。正月休みに実家に戻ると突然、姉の茜が──「あんた、杜斗くんと京都に行っといで」
 いつ調べたのかスマートフォンを手にして杜斗に電話をかけ始めた。まだ二歳の娘を夫に預けて戻っていた姉は、弟が落ち着く間もなく予定を入れたのである。
 同期である杜斗は理由もわからず電話で勝手に京都行きを告げられて、断る間もなくいまこの状態だ。
 いつの間にか取られていた新幹線のチケットと予約されていた宿を教えられ、二人は訳もわからず荷物をまとめて京都に向かった。
「あんたに変な虫がつかないように悪縁を切っておいで!」
 とは言われたが、杜斗と一緒という部分に姉の勘違いは未だに継続しているのだと知る。
 以前、「可愛い弟を変な女に取られるくらいなら、彼のような男性に寝取られた方がいいわ」と言っていたのはもしや本心だったのだろうかと冷たい目を眼前の岩穴に向けた。
 正月休みとはいえ、彼ら二人は日にちをずらして外泊の申請をしていた。三が日を過ぎた五日だからなのか人の影はまばらだ。
 大体は友達同士で来ているらしく、時弥はなんとなく安心した。
 それにしても、訪れている女性の大半は小柄な時弥より杜斗に視線を向けている。やはり高身長は目を惹くのだろう。
 加えて、杜斗のルックスは悪くない。体格も良いしでモテるタイプなのだと時弥も理解していた。
 しかし、杜斗は寡黙な性格ゆえか率先して恋人を作ろうとはしない。そのせいで姉が彼と自分をくっつけようとしてるのも時弥は充分に把握していた。
 そんな時弥も、姉が心配するほどの容姿であることは本人はあまり自覚していないらしい。子供の頃から姉に言われるがままに従ってきた時弥にとって、家族の中で自分がどういう立ち位置なのかよく解ってはいなかった。
「いまどきの男は料理も出来なきゃだめよ!」
 と言われて料理が出来るようになったが単に姉が料理をしたくない一心だったし、強くなったのも姉のボディガードのために鍛えられたためだ。
「お前だけ通れ」
「そうするよ」
 まず本殿を参拝し、碑のそばにある箱に百円玉を入れて置いてある細長い紙の形代(かたしろ)に願い事を書く。
 小柄とはいえ窮屈な穴をなんとか表と裏からの二回くぐり抜けた。置いてある糊が市販の黄色いチューブだからか、有り難みがいささか薄れるなあと考えつつ糊をつけて札を貼り付ける。
 二度くぐるのには理由があって、表から裏へくぐってまず悪縁を切り、裏から表へくぐることで良縁を結ぶのだとか。
 職業柄、事故の縁を切っておくのも丁度いいだろうと二人は悪縁切り守りを購入した。そして時弥は姉に頼まれていた「もうかり守り」も同時に買い、おみくじを引く。
「大吉だ」
「あ、俺も」
 昨年と同じ結果に顔をほころばせた次の瞬間、視線を移した恋愛の箇所に時弥は眉間のしわを深く刻んだ。
「ああ、これはまずい」
 姉さんはこれで自分の妄想を強固なものにするだろう。その内容は──恋愛:すぐ近くにいる。逃がしてはならない。
 神様はうちの姉には適わないのだろうか。一年前とは違う神社で引いたのにもかかわらず、この項目だけ去年とまったく同じだなんてあり得ない。
 肩を落としながらも、ついでだからと清水寺に向かう。この辺りはまだ京都らしさはあまり感じられない。
 来る前に昼飯を食べに寄った先斗町は二人を驚嘆させた。通路はとても狭く、メイン通路でさえすれ違うのに余裕があまりない。
 設置されている地図がなければ、そこに店があるなどと誰が解るだろうかというくらいの狭い横道に店があったりする。しかし、なんとも情緒溢れる小道だった。
 この場所にたどり着くまでの道すがらには商店街が並んでいたが、入っている店が京都らしいと思わせるくらいで外観はアーチのある大きな商店街でしかなかった。
 そう思うと、京都らしい町並みというのは一部地域なのだろう。
「あ、あれコンビニなんだ」
 時弥は視界に入った建物に目を見張る。そこには景観を損ねない配慮なのか、妙に落ち着いた色遣いのコンビニがあった。一見すると商店のようで見逃しそうだ。
 八坂の方向に歩いていくと、ようやく古き町並みといった風景が視界全体に広がる。なんとも上品な造りで佇むようにひっそりとそこにある。
 同時に観光客も一気に増え、厳かな雰囲気は味わえそうにないのは残念ではある。それでも、この独特の風景は気持ちを引き締めてくれる。
「ああ、ここも頼まれたんだ」
 坂を上ったところにある唐辛子の専門店に入ると、七味独特の香りが鼻腔を刺激した。清水に向かう坂の両側には、ひしめくように連なる土産物屋がずらりと伸びている。
 いくつかの店に立ち寄りながら突き当たりの目的地にたどり着いた。
 狭い坂にみっちりと詰まっていた店と観光客からの開放感は、さして高くもないであろう清水に続く門を美しく大きく見せていた。
 いや、大きくない訳じゃない。下り坂からやや遠目に見ているために空がとても大きく映るせいだ。近づけば大きな門だと解る。
 杜斗は時弥の荷物を見下ろし、
「お前、茜さんのパシリさせられただけじゃないのか」
「あ~うん。それは言われた時から解ってたから」
 両手に大量に下げられた姉からの頼まれものに苦笑いを浮かべる。
「まったく」
「ありがとう」
 呆れながらも片方の荷物を持ってくれた杜斗を見上げた。こういう部分は杜斗は優しいよねと心中で感心する。
 それもあって、時弥の姉は杜斗をいたく気に入っているのだ。
 姉の茜は時弥を横暴にこき使うくせに、他の女性が弟をぞんざいに扱う事は許さない。例えば、初めから持たせるために荷物を時弥に差し出す事とか。
「女は図々しいから嫌い」と自分が女である事はそっちのけで胸を張って語る。それくらいには弟を大切に思っているのだろう。
 だからといって恋人の性別まで決められてしまうのは時弥には勘弁してほしかった。とにかく、杜斗なら時弥を大切にしてくれるだろうと茜は勝手にそう思い込んでいる。
 こちらとしては長く続く友人関係を保ちたい。彼女でも出来れば姉の妄想も止まるかもしれないが現状はそう簡単にいくはずもない。
 姉さんが飽きるまでは、のらりくらりと華麗に受け流してみせるさ──時弥はそんな決意を胸に清水寺から広がる雄大たる景色を視界全体で捉えていた。



END


*最後までお付き合いありがとうございます。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。

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