メクる

累計 15386187 スキ
BL・アダルトの
切り替えはこちら

無題

短編小説
ホラー
オリジナル
2015年06月28日 20:30 公開
1ページ(4600文字)
完結 | しおり数 1


夏イベント用

豆本

  • 閲覧数

    1882

    175位

  • 評価数

    90

    6位

  • マイリスト

    5

    40位

百物語の一つ。
ホラー風ホラー。
フォント
文字:--%
行間:--%



私の母方の実家は、とある島にある。
小学校までは家族で里帰りや、一人で遊びに行ったりとよく訪れていた。

島の家には戦争から五体満足で帰ってきた祖父がいて、毎日矍鑠と畑に出ていた。


戦争は人を変える。


元々よく喋り、よく笑う人だったらしい祖父は、私が物心ついた頃にはすでに今の祖父で、怒りっぽく無口な、時に気が狂ったように厳しくなる人だった。

故に孫たちは彼を恐れ、彼もまた自分を恐れる孫たちを敬遠しているようだった。
小さな子どもにとっては必要なことすら話さず、ただ二歩も三歩も離れたところから皆の様子を見ているだけの老人など怖いだけの存在だったのだろう。


さて、そんな祖父ではあったが、不思議と私は恐ろしいと思ったことはなかった。
だからだろうか、たくさんいる孫たちの中でも彼は常に私を側に置き、遊びに行った時には片時も離さなかった。

今思えば、彼が私を離さなかったのは、単純に自身を恐れない人間が欲しかったのだと思う。
きっと、彼は寂しかったのだと私は思っている。

皆にとっては近寄ってはならない、戦争帰りの人殺しであっても、私にとっては当時、私の唯一の理解者であり、愛してくれた人だった。
私たちは互いに互いの寂しさを埋め合っていたのだろう。



この祖父は普段、無口、無愛想な癇癪持ちで、酷く気難しい人だと言われていたが、なんとも迷惑なお茶目さんでもあった。

早朝五時に叩き起こされたかと思えば、たまには孫にサービスでもと思ったのかアイスを買いに行くぞと連れ出され、けれど五時なものだから当然商店は閉まっている。
すると彼は諦める素振りもなく、当然のように店の人が住んでいる住居の戸を叩く。
寝ていたところを起こされながらもアイスを売ってくれた店の人と、祖父のドヤ顔は今でも鮮やかだ。

人を驚かせるのが好きだった彼は、孫たちを車代わりの耕運機に乗せて移動する際、道端を猫や犬が歩いていたら必ず轢きに行った。
孫たちが驚いて自分を止めるのを、その時ばかりはニヤニヤしながら楽しむために。


ある時には荒い外海の渦に、泳ぎの練習だと放り込まれ。
ある時には、断崖スレスレまで耕運機で突っ込んで孫たちに悲鳴をあげさせ。
ある時には、人食いザメを釣ってきたと得意満面で小さなサメを持ち帰り。


破天荒な人だったけれど、私はこんな祖父が楽しくて、大好きで、愛していた。






祖父が住む島は、ほとんど人がいない、昼間でもどことなく陰鬱な雰囲気が漂う島だった。
子どもの遊び場は海か家の庭のみで、島という開放的なイメージにそぐわない、立ち入り禁止の場所が多くあって、子どもながらに不思議に思っていた。


それが少しずつ、本能とでも言うべき部分で納得するようになっていったのは、あれはいつ頃からだったろうか。

物心ついてから少しずつだったような気もするし、ある時突然理解したような気もする。


言い付けられていた近づいてはならない場所とは、迂闊に迷い込もうものなら必ず何かがついてくる、そんな場所だったのだ。





海へ行く道もその一つで、林を切り抜いて作った狭いそこは、細く長く暗い、奇妙に息が詰まるトンネルのような場所だった。

この道を歩いてはいけない、私たち子どもはそう言われていて、海へ行くには必ず大人と一緒に、それも徒歩ではなく車を使わねばならなかった。



その日は祖父と私の二人で、いつものようにその林道を使い海へ向かっていた。
祖父が操る耕運機は、ゆっくり走る。元々最高速度が三十五キロ程度というのもあるのだけど、荷台に子どもを乗せているからか、余計にゆっくり走っていた。

それでも人が歩くよりずっと速い。夏の熱風が頬を焼いて、髪が舞い上がるくらいには速いのだ。




ある時その耕運機の後ろを、トコトコと女の子が歩いているのに気づいた。




年の頃は当時の私と同じ、小学校低学年くらい。
オカッパよりも少し長い髪の、黄色い帽子を被った女の子だ。

島で同じくらいの子どもを見かけたことはなくて、私は荷台から祖父へ向かって大きな声で話しかけた。


「じいちゃん、あの子も海に行くんじゃない? 乗せて行こうよ」


けれど祖父は、ちらりとこちらを見ただけで、何も言わずに耕運機を走らせ続けた。






翌日も、そのまた翌日も、天気がいい日には海へ行った。

毎日通る林道で、あの黄色い帽子の女の子には二日に一度程度の頻度で会っていた。

会うというか、見る、の方が正しいか。


あの子はいつも、私たちの後を歩いている。
耕運機がトントン、トントン走る後ろを、トコトコ、トコトコと歩いている。

真夏の暑さは薄暗い林道の中でも厳しくて、いつも一人で歩いているその子のことが、私は気掛かりだった。
親が近くにいる様子はなく、日陰で立ち止まって休む様子もなく、女の子はただ黙々とひたすら歩く。





何度目か分からないけれど、その日も私は祖父に懇願した。
耕運機の荷台はあの女の子を乗せても十分に広く、何の負担にもならない。
この先には海しかなく、目的地は一緒なのだから乗せていきたい、そう訴えたのだ。

不思議なくらいに私は必死だった。
今あの子を共に連れて行かないと、あの子は死んでしまう、漠然とそんな焦燥に駆られていた。


祖父がまた、ちらりと私を見る。
また無言で前を向いてしまうのかと思っていたら、彼はボソリと呟いた。


「知らんフリをしとけ」




なぜそんなことを言うのか。
なぜ、そんなひどいことを言うのか。

厳しいけれど優しいと思っていた祖父に裏切られたような気がして、一気に怒りが湧いた。


祖父が知らないフリをしろと言うのなら、私が耕運機から飛び降りて迎えに行く。
そうしようと荷台の縁に足をかけて、後ろを歩く女の子を見た時、私はふと疑問を覚えた。



ーーーーなぜあの子は、この耕運機に、付かず離れずついて来られるのだろう?



遅いとは言え最高速度は三十五キロ。
ゆっくり走っていても、二十キロは出しているはずだ。

なのになぜあの子は、あんな小さな歩幅で、あんなに普通に、ついて来られるのか。




ぞわ、と背筋に、冷たい汗が浮かんだ。

剥き出しの腕に一斉に鳥肌が立って、縁に掛けていた足が震える。


「じ、じいちゃん」


か細い声だったと思う。
耕運機の騒音に掻き消されるくらいに小さな声で呼んだ祖父は、黙ってスピードを上げた。



急に速度を増した耕運機。

振り落とされないように縁に掴まって、後ろを振り返る。

変わらずついてくる女の子。

黄色い帽子が風に揺れることもなく、だらりと垂らした両腕が大きく振られることもない、よくよく見れば奇妙な。


「じいちゃん」


ついてくる。


スピードを上げたのに、ついてくる。

走ってる様子もないのに、滑るように歩きながら、ついてくる。


「じいちゃん!!」

「黙っとけ!!」


怒鳴られて、けれどその声も聞こえないくらい、私の意識は後ろの女の子に集中していた。

走る。耕運機が地面を削って走る。

ついてくる。いつもは林が終わればいつの間にかいなくなるのに、今日はついてくる。林が終わってもついてくる。



視界が拓けた。



海へ出たんだとホッとした瞬間、私たちの周囲で突然、ベタベタベタベタと濡れたような音が聞こえ、そして。





ーーーーぎゃーァ、アハハハハハハハ!!





耕運機がガクンッと激しく揺れる。
細いタイヤが草地を滑り、大きく旋回した。

必死で手近の縁に掴まって、振り落とされないように頭を下げた瞬間、私は見た。



私たちを追い越して、崖の向こうに広がる海へ飛ぶように消えていく、笑い顔の少女を。












その日は海に入る気になれず、祖父と私は無言で帰宅し、無言で夕食を摂り、無言で寝床に入った。

あの女の子は誰だったのか、アレは祖父にも見えていたのか。

訊きたいことはいくつもあったけれど、祖父はいつにも増して厳しい顔で口を閉ざしていて、尋ねられる雰囲気ではなかった。




祖父と私は、隠居、と呼ばれている小さな離れ部屋で眠る。


昼間に見た光景からなかなか抜け出せなかった私は、ピクリとも動かない祖父の隣で、夜中に何度も寝返りを打っては目覚めてを繰り返していた。

島の夏は暑い。
海が近いため磯の匂いはどこからでも感じ、ベタつく潮風は決して心地よいとは言えない。

今夜は幾分か涼しくて寝やすい夜なのに、なかなか熟睡できなかった。


それでもやがて睡魔はやってきて、いつしか深い眠りに落ちていた。






時刻にしたら明け方前だろうか。

喉にひどい違和感を感じて、私は急激に眠りの淵から引き戻された。


息ができない。

首が痛い。

胸が苦しい。


跳ね起きようとしてできなくて、薄暗闇の中バッと目を見開く。

その視界の中に映る、逆さまの人影。





祖父だった。








ポタポタ、声も出せない中、祖父の流す汗が私にかかる。


なんで。


心臓の音が耳のすぐ傍でうるさくて、頭の血管が膨らんでいくのが分かった。


なんで。


動くと思えなかった腕が動いて、祖父の手首を握る。

私の首を絞める祖父の、硬い手首を。


なんで。


抵抗はできなかった。

自分の骨が、自分の体の中で立てる、ミシリという音を初めて聞いた。


なんで。


暗い部屋が更に暗くなる。

祖父の表情も判別できなくて、ただ、なんで、とバカみたいに思っていた。


ぐるんと目玉が裏返る瞬間、小さく囁く祖父の声が、耳鳴りの合間に聞こえる。



「かわいそうになあ……」



そして。

もう奥まで見えない天井の梁から、こちらを見下ろす笑い顔が半分。



あれは、黄色い帽子の。























ふう、と私は息を吐き、叩いていたキーボードから手を離した。

今まで書いていたこれは、あるサイトの夏イベントに投稿する、ちょっとしたショートストーリーだ。
いや、ストーリー性は特にないから、ただの怪談話の一つか。

でも別に、それでよかった。それ以上の作品は求めておらず、夏の娯楽にほんの僅か、参加できれば。

それだけでよかったから、私はここで手を止めて、大きく伸びをした。

普段書いているものと少々趣きが違って、これはこれで楽しかった。
機会があれば、またこんなようなのを書いて遊ぶのもいいな、とパソコンの電源を落とし、立ち上がる。

何かを生み出すという作業は、程よい緊張感を与えてくれるから好きだ。

そんなことを思いながら部屋から出ようとした、その時。




ーーーーダンダンダンダン!!




ドアが激しく叩かれる。

びくりとそちらを見た鼻先に、磯の匂いが掠め、それから。











『カワイソウニナーアァーーーアハハハハハ!!』













子どもの声が耳をつんざき、私は咄嗟に、首を握った。



















END.

スキを送る

累計 898 / 今日 0


残スキ 300

『スキ機能』とは?
『スキ機能』とは『スキ』ボタンを押すことで作品や作者を応援できる機能です。
※拍手機能に類似した機能です。

[スキ機能のルール]
※1人あたり1日に300回まで『スキ』を送ることができます。
※1作品でも複数作品でも合計が300回まで『スキ』を送ることができます。
※『スキ』は1スキ、『大スキ』は10スキ、加算されます。
※1日に与えられるスキの数は毎朝4時にリセットされます。
※自分の作品にはスキ機能は利用できません。
※『スキ』は匿名で作品に送られます。

スキ!を送りました

作品を評価する

豆本さんを

フォローしたユーザーの
作品投稿やつぶやきなどの最新情報を
マイページでチェックできます

マイリストに登録する

この作品につぶやく

#無題
 

500

みんなのつぶやき 一覧

イメージレスポンス(0) 一覧

この作品へのイメージレスポンスはありません

参加テーマ

タグ一覧 編集

この作品にタグはありません

友達に教える

  • ツイートする
  • イイネ
  • なうで紹介
  • はてなブックマーク
  • GoogleOne

この作品を見た人はこんな作品も 一覧

作者の投稿小説(15) 一覧

作品登録マイリスト 一覧

コミュ内テーマ関連作品 (11)
コミュニティ関連 (13)

その他


コーナー R

作品宛みんなのつぶやき

  • s-uruha 07月21日
    このつぶやきにはネタバレが含まれている可能性があります[表示]
    さっきまで暑かったはずなのにちょっと背中が寒く感じます…w (ネタバレ)
     #無題  #百物語
    詳細・返信(1)
  • vanilla 07月11日
    有るわけないのに、読み終わり、鳥肌~X-<
     #無題  #百物語
    詳細・返信(1)
  • 結城太郎 06月30日
    じわじわ迫る恐怖の後に、あのオチ……やられした。怖かったー!  #無題
    詳細・返信(1)
  • すずか 06月28日
    ホラーですね…
    最後読んでて、ヒッってなりました(^_^;)
     #無題
    詳細・返信(5)
  • ごごもあ 06月28日
    なんだかエンドレスに続いていきそうで怖い‼︎  #無題
    詳細・返信(1)
  • エソラ 06月28日
    じわじわ怖いです(;-;)
    眠れない(;-;)
     #無題
    詳細・返信(1)
  • 玲詞 06月28日
    このつぶやきにはネタバレが含まれている可能性があります[表示]
    怖い…!!
    豆さん実話???


    ごめん、ちょーいい所で一つ誤字発見です。

    その視界の中に映る、逆しまの人影。

    緊張感あってすっごく楽しかった(^∇^)
    (ネタバレ)
     #無題
    詳細・返信(3)
  • 愛染ほこら 06月28日
    このつぶやきにはネタバレが含まれている可能性があります[表示]
    こんばんは。
    今まで、読んで見たのとは違う雰囲気で面白かったです。
    出た途端、それは幽霊だって判ったのですが、どこまでついて来るのか、ソコが今までに見たことのない感じで素敵でした☆
    (ネタバレ)
     #無題
    詳細・返信(1)

もっと見る

作者の他の作品一覧

一覧を見る

copyright (c) 2013-2017 メクる Co.,Ltd. All rights reserved.