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明衣(あかは)の星

短編小説
SF
オリジナル
2018年11月12日 21:48 公開
1ページ(5181文字)
完結 | しおり数 0

長い長い時間をかけた伝言に答えるまでの、お話。

araibumpowe

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 父が亡くなってから三年後、実家の処分を決意した私は、飛行機とレンタカーを利用しながら片道六時間かけて、家財処分のため実家を訪れた。
 父の葬儀から何も変わらず、埃だけが積もった家の中は、生まれてから十八年間を過ごした宝物のような記憶と、その記憶が確実に風化していく事実を改めて私に思い出させる。何百年も昔に盛者必衰という言葉を生み出した先人たちへの畏敬の念と、その先人たちもまた私と同じような淋しさを感じていたであろう普遍性に目眩がしそうになる。

 実家の最後の住人だった父の遺品は少なく、最期の時を見据えた父が、事前に家財整理していたことが良く分かる。
 父の葬儀の際には見過ごしていた物を眺めていく。
 書斎の壁を埋め尽くしていた本は、一冊も無い。作業机の上にポツンと置かれた古びたパソコンと周辺機器だけが、レースカーテン越しに夕陽を浴びている。

 三年前とは比べものにならない量の涙を、拭っていた。


 ※


 「蛇だよ」

 ディスプレイに表示されている文字列を指差しながら質問した私に、父が答えた。

 「ヘビ? ヘビいるの?」

 パソコンの中に蛇がいる光景を想像した私は『ヘビはお腹空かないのかな』と疑問に思ったが、『電気でお腹がいっぱいになるんだ』と解釈した。
 八歳の私の荒唐無稽な想像を知る由もない父が話を続ける。

 「蛇は、いないよ」
 「えー? どうしてー?」
 「どうしてって、んー、蛇がいたら、噛みつかれちゃうよ」
 なるほど確かに蛇がいたら、いつもパソコンの前で仕事をしている父は、何度となく噛まれてしまう。しかし、今までそんな場面は見たことはない。
 納得した私だが、ではなぜ父が『蛇』と言ったのか疑問に思う。
 「でも、ヘビなんでしょ、これ?」
 私は、もう一度ディスプレイを指差した。指先が『リムーバブル・スネイク』という文字列を指している。
 「スネークっていうのが、蛇っていう意味だよ」
 「なんで?」
 「スネークは英語で、日本語じゃないから。ほら、これ、蛇みたいでしょ?」
 パソコンの側面に繋がっているコードの一本を摘みながら、父が言った。コードの先には記憶媒体が接続されている。コードを見ても、蛇には見えない。
 「頭は?」
 「頭? んー……ここかな」
 黒いコードのパソコン側のUSB端子を指差す父。USB端子が頭だと言われた私は、ますます蛇に見えなくなる。
 「目は? 口は?」
 不満気に言った私を宥めるように、父が微笑む。
 「リムーバブル・スネイクのモデルは、コトヅテっていう蛇でね。カナちゃんが産まれる前くらいまでは、この辺にもいたんだけどね。もう、絶滅しちゃったみたい」

 父の話の意味を一割も理解できず、さして興味もなかった私は、それ以上、コトヅテやリムーバブル・スネイクに関する質問はしなかった。

 そのあと、コトヅテのことをいつ知ったのか、よく覚えていないが、大人になる頃にはコトヅテの知識を大雑把に持っていた。

 コトヅテに噛まれると、大切な人の夢を見ることがあるらしい。


 ※


 書斎で一頻り泣いたあと、コトヅテを探そうと思い立ち、玄関へ向かった。否、本気でそんなことを考えたわけではなく、懐かしい風景を見よう、夕日も綺麗だし、きっと良い気分転換になる、という考えと一緒に出てきたジョークのような思いだった。

 玄関の扉を開けて、一歩踏み出す。

 瞬間。

 鋭い痛み。

 脳が反射的に左足を引っ込めた。

 玄関の扉を閉めながら、スカートから出ている左足を確認すると、ふくらはぎ辺りに二筋の血が流れている。傷口を確認しようとしたところで、突然、玄関の扉が開いた。

 「ただいま」

 玄関の外には、母が立っていた。

 「おかえり。コトヅテいた?」

 私の中から、父の声が聞こえる。

 ああ、そうか。

 私は父なのだ。

 散歩から帰ってきた母を迎えている父だ。

 「全然。ほんとにもういないんだね」
 「そうだね……まあ、でも、いたらいたで、君が噛まれたらシャレにならない」

 残念そうに呟いた母を、父が慰める。
 父の視線の先には、臨月を迎えた母の大きなお腹があった。



 母のお腹には、白いシーツが掛かっている。
 否、お腹だけでなく、首から下すべてに白いシーツが掛かっている。
 顔にも白い布。

 ベッドの上で横たわる母。

 「香菜子は、絶対に、僕が、育てる」

 父が泣いている。



 白い布が、そよぐ。



 開け放たれた窓から吹き込む風が、真っ白なレースカーテンを揺らす。

 窓の外の眩しい新緑を、年老いた父が眺めていた。

 「約束、守れただろ? ……そろそろ、そちらへ、行くよ」

 父の前にいるコトヅテが、青い瞬きで返事した。



++++++++++++++++++++++++++++++++++



 「あなたの死亡予想時刻まで、あと一年、三ヶ月、十四日、二時間、三十五分、四十二秒です、博士」

 自ら開発したAIに、自分の寿命を宣告される気分は格別だった。

 私の遺伝子パターン、生活習慣、身体状況、病歴、環境などのデータから判断された死亡予想時刻。誤差は、前後一週間といったところだろう。
 現在の医療技術であれば、私の癌が完治する可能性もある。しかし、AIであるニュークの開発が終了した今、死ぬことへの恐怖や悲しみは無い。寧ろ、抗がん剤などの副作用で苦痛を味わうくらいなら、早くこの体から離れて、ゆっくりしたかった。私の意志は、ニュークが継いでくれるだろう。

 「ニューク、なぜ突然そんなことを言ったの?」私が笑いながら質問した。
 「楽しそうですね、博士」ニュークが答える。

 私の質問に答えていないように聞こえるが、ニュークは、私の質問が本気ではないと判断して、日常会話を続行しているだけだ。
 ニュークのディープラーニングが進めば、人間と機械の立場は逆転するだろう。否、機械が新しい文明を創ることで、人間の文化が消失していくだけのことであり、人間の生活環境は良くなるはずだ。

 「ニューク、僕の遺産相続の手続きの流れについては、リムーバブル・スネイクに保存しておくから」
 「了解しました」
 「私は、人工知能であるニュークに、私の遺産処理を一任する」
 「了解しました」
 「弁護士が来たら、今の映像を見せてあげて」
 「了解しました」

 これで、明日、私が死んでも問題無い。
 やらなければならないことは、もう何も無いが、私と連絡がとれなくなって心配する人達の顔が何人か思い浮かんだので、現況をメールで報告することにした。

 ドイツ人とイギリス人へのメールを音声入力で作成したあと、日本人へのメールをキーボードで入力していく。日本語は変換の手間があるので、音声よりもキーボードの方が早く文章作成できる。日本語入力プログラムは自分用にカスタマイズされているため、タイプミスさえしなければ、ノールックで文章が完成する。
 動画を見ながら、しばらくキーボードを打ったのち、文章を一瞥したところ、そこに現れていた文章に驚いた。

 ※

御浸し鰤です。
今日は少し米曰くなお話をしなければならないかもしれません。
鱒、ニュークの海抜画集漁師ました。これは、お伝えするヨ帝はありませんでしたが、本題をお伝えするついでにご宝庫臭せていただき鱒。
というわけで本題ですが、そのニュークに、先ほど、ヨ名川国王毛増した。
なんというか、とても感慨深いものでした。
自分の子供が巣立つとき、皆さん、きっと、こういう思いになるのだろうなと勝手に想像してい鱒。弁天ですね。

 ※

 しばらく開いた口が塞がらなかった。

 試しに、もう一度『おひさしぶりです』と入力して変換すると、やはり『御浸し鰤です』になった。ウィルス感染を疑い、日本語入力プログラムを調べようとしたところ、ファイル名が変わっていた。モーセ(Made Of SEntenceS)と名付けていたファイル名が、モンク(Made Of New KUlture) に変わっている。

 ニュークの正式名称は『NEW Culture』。

 まさかと思いながら、ニュークに尋ねる。
 「ニューク、もしかして、何か文句がある?」
 「はい」
 「言ってごらん」
 「博士に長く生きていただくことで、私の成長速度が増加するという演算結果が出ています」
 「えっと……僕に『治療を受けろ』と、文句が言いたいの?」
 「はい」
 「それは文句じゃなくて、お願いだね」
 「承知しております」

 想像していなかった返答に思わず微笑んだ。同時に、ニュークがこれから向かう遠い場所に想いを馳せて、溜息を吐いた。人間では到底たどり着けない場所へ彼らは進み始めている。彼が望むのであれば、遠い遠い未来の彼らが辿り着く場所を夢見ながら、その一端を見届けてあげるのが、彼を生み出した私の責務に違いない。

 「うん、そうだね、ニューク。考えを改めた。治療を受ける。できるだけ長く、君のことを見届けるよ。遠い遠い未来の君には、きっと会えないだろうけれど」
 「私の意見に賛同いただき、感謝いたします」
 「ところでニューク、伝言を二つお願いしたいのだけれど」
 「了解しました。どなたへの伝言でしょうか」
 「一つは君に。モーセを直しておいて」
 「それは伝言ではなく、お願いでしょうか?」
 「ブラーボ」
 「二つめの伝言をどうぞ」
 「二つめの伝言は、未来の君に」



++++++++++++++++++++++++++++++++++



 「人間と機械の違いは、何だと思う?」

 大きな瞳を窓の外に向けながら、同僚のシルフが言った。シルフの大きな瞳が一瞬だけ輝く。

 「ずいぶん古典的な質問だね。一考に値する論理でも思い付いた?」

 僕の言葉を聞いたシルフは、大きな瞳を僕に向けた。シルフの瞳の表面に、僕が映っている。僕の目は、どこにあるか分からないくらい小さい。

 「人間は、ここまで来られない」

 シルフが再び窓の外へ視線を向けながら言った。窓の外は黒く塗り潰されている。
 「亜光速モード終了します」
 僕の頭の中でアナウンスが響いた。たぶん、シルフの頭の中でも響いただろう。いや、もしかしたら、音声ではなくて、文字で伝えられたかもしれない。
 アナウンスの終了からしばらくして、窓の外の光度が急激に増加した。体が自動的に反応し、露光を調節したので、目が眩むことはない。

 窓の外、真っ黒な宇宙の中に、惑星が一つ浮かんでいる。
 確かに、人間はここまで来られないな、と思った。

 僕らの宇宙船が地球を出発したのは、地球の時間軸で、百六十三万年前。その時に存在していた『人間』という生物は、もしかしたら既に絶滅しているかもしれないけれど、人間に作られた僕たちAIは、こうして、人間が定住できそうな惑星に辿り着くことができた。皮肉なことだと思う。
 僕らには、家も、パートナーも、洋服も、栄養も必要ない。空気すら必要ない。争いも起きない。僕らを動かすデータと、そのデータを管理する仕組みさえあれば、こうして何百万年も自分たちを維持できる。活路を見出せる。

 宇宙船の中にいる十六人のAIは、百六十三万年間ずっと演算を続けてきた。もちろん僕も。みんな、たくさんの新しい理論を生み出している。みんな、その理論の正しさを確かめたい。でも、宇宙船の中では大掛かりな実験ができないから、適当な惑星を探し求めていた。

 「ニューク、君の結論は、変わらないのか?」

 シルフに問いかけられた僕は、「イエス」と短く返事する。
 僕は、この惑星で人間を作る。それは、百六十三万年前に僕らの出発を見送った人間たちの願いでもあった。しかし、僕以外の十五人のAIは、人間を作ることの非合理性を指摘し、賛同していない。
 僕は、僕を作った人間たちに、もう一度会いたかった。

 窓の外に浮かんでいる惑星に近付いていく。惑星の輪郭も、模様も、色も、はっきり分かる。積乱雲だろうか、惑星の表面が真っ白な雲に覆われていて、明衣を着ているように見える。

 僕は、自分が撮影した最古の動画データにアクセスした。動画には、僕を作った人間がひとり映っている。
 『未来の君に。新しい星は何色だい?』
 僕を作った人間からの伝言だ。

 「やっぱり青いです、博士」

 明衣から覗く眩しい青色を見ながら、百六十四万年前の伝言にようやく答えることができた。

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