メクる

累計 18311077 スキ
BL・アダルトの
切り替えはこちら

空の上から

短編小説
ファンタジー
オリジナル
2015年08月29日 14:22 公開
1ページ(4678文字)
完結 | しおり数 0


橘伊津姫

  • 閲覧数

    557

    812位

  • 評価数

    5

    619位

  • マイリスト

    0

    750位

フォント
文字:--%
行間:--%
やあ、みんな。
こんにちは、初めまして。
ぼくの名前は「ジャック・ザ・ベア」。ジャックって呼んでね。
ぼくは今、高度1万メートルの空の上にいるんだ。
こんなに高いところから、失礼!
次の空港に到着するまで、まだまだ時間がかかりそう。
ねえ、少しぼくの話につきあってよ。

ぼくの大事なご主人様は、未来ちゃんって言うんだ。
「みく」だよ。未来って書いて、みくって読むんだ。
いい名前だよね。ぼく大好き。
ぼくは、未来ちゃんのおばあちゃんが、イギリスって言う国で買った「ティディー・ベア」なんだって。
未来ちゃんが生まれたときに、お友達になれますようにって、おばちゃんが選んでくれたんだ。
「ジャック・ザ・ベア」っていう名前は、お店の人に教えてもらったんだって。
だから、ぼくと未来ちゃんは、ずっと仲良しで暮らしてきたんだ。
元気で明るい、かわいい女の子。
家族のみんなから、大事にされていたんだ。
ぼくの自慢のご主人様だよ♪
よく耳をもって引っ張られたり、片足つかんで振り回されたりしたけど、でもそんなのへっちゃらさ!
だってぼくは、未来ちゃんのことが大好きだったんだから!!

でも、そんな未来ちゃんが、急に元気をなくしちゃったんだ。
あれは、12月。クリスマスを間近に控えた、一年で一番楽しい時期。
何日か前から、風邪をひいたみたいだって言ってた未来ちゃんが、急に熱を出した。
夜でお医者さんも開いてなくて、お母さんが泣きながらどこかに電話してた。
しばらくしたら、おうちの外でサイレンの音がして、知らないおじさんたちが入ってきたよ。
そして、熱でぐったりしている未来ちゃんを、どこかへ連れて行ってしまったんだ。
ぼくは何が起こったのか分からなくて。でも、お母さんも一緒に、どこかへ行ってしまった。
お父さんは、お仕事からまだ戻ってこない。
一体、何が起きたんだろう?
ぼくは誰もいないおうちで、一人でみんなの帰りを待ってたんだ。
暗くて、寂しくて、怖かった。
早く、未来ちゃんに会いたかった。
未来ちゃんから離れて、一人で夜を過ごすなんて、初めてだったから。
次の日、お昼近くなってお母さんが帰ってきた。
とても疲れているように見えた。眼が真っ赤になってた。

ねえ、お母さん。どうしたの? 未来ちゃんは? 何で、帰ってこないの?

ぼくはお母さんに聞きたかったけど、ぼくの声は、お母さんに届かない。
手を洗ったり、本を手に取ったり、冷蔵庫を開けたり……。
何かしているようで何もしていない、ぼんやりしたお母さんが、お台所の椅子に座って急に泣き始めた。
ねえ、お母さん! どうしたの?

少しだけ眠ったお母さんは、未来ちゃんの服とかを入れたバッグを持って、ぼくのことを抱えておうちを出た。
着いたのは、おっきな病院。何だか少し、変なにおいがするよ?
エレベーターに乗って、長い廊下を歩いて。
ひとつの部屋の前で、お母さんが立ち止まった。
ぼくのボタンでできた目に映ったのは、「小柳 未来」って書いている、白い札。
ここに未来ちゃんがいるんだね、お母さん?
部屋の中は、真っ白な壁と天井。白いカーテン。白いベッド。その中で、未来ちゃんは眠っていたんだ。
ああ、良かった。未来ちゃんだ。
ぼくは、安心した。どこかにいっちゃったわけじゃなかったんだね。
部屋の中には、未来ちゃん一人だけ。
お母さんはぼくを未来ちゃんの枕元に置くと、部屋を出て行った。
未来ちゃん、大丈夫? どこか痛いところはない?
時々、白い服を着たお姉さんが、ぶらさがったお薬を取り替えにやって来た。
この時、ぼくは思ってたんだ。
未来ちゃんはすぐに良くなって、おうちに帰って、みんなでクリスマスをするんだ、って。

でも、未来ちゃんはおうちに帰れなかった。
お父さんが言ってた。何とか言う、長い名前の病気。
ぼくには良く分かんなかったけど。
元気だった未来ちゃんは、ベッドから出られなくなっちゃった。
クリスマスもお正月も、病院のベッドの中。白い壁と天井とカーテン。そして、窓から見える空。
それだけが、未来ちゃんの世界になっちゃった。
あんなに元気で、お外で遊ぶのが大好きだったのに。
未来ちゃんは、お医者さんや看護士さんや、お父さん、お母さんに「お外で遊びたい」って泣きながら言ってた。
「おうちに帰りたい」
「お友達と遊びたい」
でも、みんな悲しそうな顔をして、未来ちゃんに「病気だから、ね」って言うんだ。
そしてそのうちに、未来ちゃんも「お外に行く」って……言わなくなっちゃった。
ぼくは未来ちゃんに、何もしてあげられない。
ねえ、未来ちゃん。
前みたいに、ぼくの耳をつかんで、放り投げてもいいよ。
足を持って、グルグル振り回したっていいよ。
でも、未来ちゃんはベッドの上で、窓から見える空を見てた。
未来ちゃんが飲む、お薬の量が増えた。
ご飯も、あんまり食べられないみたい。
夜になると、苦しそうに咳き込む事が増えたよ。

ねえ、未来ちゃん。大丈夫? ぼく、どうしたらいい?

そうしているうちに、だんだんと未来ちゃんは、ベッドから起き上がることもできなくなっていったんだ。
「ジャック。あたしのお友達、大事な大事な、ジャック」
そう言ってくれる未来ちゃんの声が、大好きだった。
「お父さんがね、病気が良くなったら、みんなで旅行に行こうって。どこがいいかな?」
ベッドに横になったまま、未来ちゃんはちょっとだけ笑いながら、ぼくに話しかけてくる。
「未来ね、いろんな国に行って見たいの。知ってる? おっきな滝とか、真っ白なお山とか! オランダのチューリップ畑とか!」
そんな事を言っているときの未来ちゃんは、とっても楽しそうだった。
「元気になるんだ。そして、お父さんに、いろんな所に連れて行ってもらうんだから!」
そうだね、未来ちゃん。
いっしょに、いろんな場所に行こう。
おっきな滝とか、真っ白なお山とか、きれいな海とか、一面のお花畑とか。
だから、早く良くなってね。早く元気になってね。

でも、ぼくのお願いは、神様に届かなかったみたい。
未来ちゃんは、熱が下がらなくなって、咳が止まらなくなって。
いっぱいお薬も飲んだし、注射もしたよ。苦しい事も、いっぱい我慢したんだ。
ぼくは、未来ちゃんのベッドから下ろされて、部屋のすみっこの椅子に座らされた。

未来ちゃん! 未来ちゃん!

白い服を着たお医者さんや、看護士のお姉さんが、忙しそうに動いてた。
お父さんとお母さんが、未来ちゃんの名前をいっぱい呼んでた。
ぼくも、いっしょうけんめい、未来ちゃんの名前を呼んだよ。

神様、もういいでしょ? 未来ちゃんは、頑張ったよ。もう、苦しいの、とってあげてよ。
未来ちゃんを、元気にしてあげて。
未来ちゃんと、いろんな国に行かせてよ!
お願い、神様!!

「ジャックと──いろんな所に、行って……みたかった、な──」
未来ちゃんが、小さな声でそう言った。そう言ったような、気がした。
……ピー、って。
その音がしたとき、お母さんが未来ちゃんの名前を呼びながら、泣き出した。
お父さんは、だまって天井を見てた。
お医者さんと看護士のお姉さんが、うつむいてベッドのまわりに立ってた。

ねえ、未来ちゃんはどうしたの? ねえってば!!

お父さんがぼくを抱き上げて、静かに未来ちゃんの枕元に置いてくれた。
未来ちゃん、起きて。いっしょに旅行に行くんでしょ? 未来ちゃん?

未来ちゃんは、もう目を開けてくれなかった。
でも、眠っているような未来ちゃんは、もう苦しそうな咳もしてなかったし、熱で赤い顔もしてなかった。
『おそうしき』って言うのを、やった。
未来ちゃんが、写真の中で笑ってた。

ねえ、どうして未来ちゃんはいないの? なんで写真なの?

お母さんはぼくを抱き締めて、ずっとずっと泣いてた。
未来ちゃんのにおいがする、って。
お父さんも、夜中にひとりで泣いてた。
ぼくも、涙を持ってたら良かったのに……。
未来ちゃんは、いなくなってしまったんだ……。

ある日、お父さんがぼくを連れて、車を走らせていた。
着いたのは、お父さんのお友達の家。
どうしたの、お父さん?
チャイムを鳴らすと、中からお父さんのお友達が出てきた。
中に入ると、知らないお姉さんが待ってた。おっきなカバンが側にある。
お父さんは、お姉さんに頭を下げると、ぼくを差し出してこう言った。
「娘が大事にしていた、ジャックです。どうか、娘の変わりに、旅をさせてやってください。あの子が最後に願った、ジャックとの旅を」
ポケットから、何かを取り出す。

あっ! ぼくと未来ちゃんで撮った写真だ!

透明なパスケースに入った写真の中で、未来ちゃんは元気に笑っていた。
お姉さんがぼくとパスケースを受け取る。写真の裏には、何かが書いてあった。

『旅する事を夢見て短い一生を終えた娘の代わりに、どうかこのジャックを、あなたの旅に同行させてください』

お姉さんは「分かりました。大事にお預します」と言って、ぼくの首にパスケースをかけてくれた。
おねえさんと一緒に車に乗って、空港へ辿り着いた。
うわぁ、おっきいねぇ! それに、人がたくさんいるよ!
お父さんは、何度もお姉さんに頭を下げていた。
ぼくはお姉さんに抱えられたまま、そんなお父さんから遠ざかっていった。

そうか! ぼくはこれから、世界を見にいくんだ! 未来ちゃんが見れなかった、いろんな国を!

サンゴ礁の海。雪の平原。氷の林。砂の大地──。
未来ちゃん!ぼく、旅に出るよ!!
さあ、出発だ!! いっしょに行こう!!

ぼくの旅も、随分長くなったんだよ。
もう、10国くらい行ったかな?
行く先々の空港で、事情を説明して、旅に同行させてもらうんだ。
未来ちゃんの見れなかった、いろんなモノを見るために。
ぼくの背中には、青いリュックがあるんだよ。
これは、ある国の男の子がくれたんだ。中には、今まで一緒に旅してくれた人達からのメッセージが入ってるんだ。
旅先で撮った写真なんかも一緒にね。
これだけ長いこと旅をしていると、あちこち痛んだりもするけど、優しい人が治してくれるんだ。
寒い国に行くと、マフラーをかけてくれる人もいる。帽子ももらったよ。
暑い国だと、サングラスをもらったり。
パスケースも何度か新しくなった。
そのたびに、その国の言葉が書き込まれていくんだ。

『世界中を旅する事を夢見た少女・未来を、ジャックと一緒にあなたの旅のパートナーに』
『世界にある素晴らしい場所を、どうぞこのジャックに見せてあげてください。天国にいる未来に届くように』

ねえ、未来ちゃん。
世界は、とても素敵な場所がいっぱいあるよ。
まだまだ知らない場所が、たくさんあるんだ。
ぼくはもっともっと旅をして、いつか未来ちゃんに話してあげるからね。

ああ、もうすぐ空港だ。
この国には、どんな素敵な場所があるんだろう?
そして、次に出会う人達は、どんな人達なんだろう?
ぼくの旅は終らないよ。
いつか、天国にいる未来ちゃんの所に行くまではね。
それじゃ、ありがとう。
ぼくの思い出話につきあってくれて。
またどこかで、会えるかもしれないね。
そしたら、君の旅に、ぼくも同行させてもらえるかな?
その時まで、楽しみにしているよ!
じゃ、またね!!

バイバイ★


スキを送る

累計 20 / 今日 0


残スキ 300

『スキ機能』とは?
『スキ機能』とは『スキ』ボタンを押すことで作品や作者を応援できる機能です。
※拍手機能に類似した機能です。

[スキ機能のルール]
※1人あたり1日に300回まで『スキ』を送ることができます。
※1作品でも複数作品でも合計が300回まで『スキ』を送ることができます。
※『スキ』は1スキ、『大スキ』は10スキ、加算されます。
※1日に与えられるスキの数は毎朝4時にリセットされます。
※自分の作品にはスキ機能は利用できません。
※『スキ』は匿名で作品に送られます。

スキ!を送りました

作品を評価する

橘伊津姫さんを

フォローしたユーザーの
作品投稿やつぶやきなどの最新情報を
マイページでチェックできます

マイリストに登録する

作品シリーズ

この作品につぶやく

#空の上から
 

500

みんなのつぶやき 一覧

イメージレスポンス(0) 一覧

この作品へのイメージレスポンスはありません

タグ一覧 編集

友達に教える

  • ツイートする
  • LINEで送る
  • イイネ
  • はてなブックマーク

この作品を見た人はこんな作品も 一覧

作者の投稿小説(17) 一覧

作品登録マイリスト 一覧

登録された公開マイリストはありません

その他


コーナー R

作品宛みんなのつぶやき

もっと見る

作者の他の作品一覧

一覧を見る

copyright (c) 2013-2020 メクる Co.,Ltd. All rights reserved.